湯けむりは、配当を知っていた
俺の仕事は、板前場の隅で皿を洗うことだ。仕込みの包丁の音、出汁の匂い、湯上がりの客の笑い声が壁を隔てて漏れてくる。この旅館は百二十年続いたが、三年前、大手の観光資本に買われた。看板はそのまま、…
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俺の仕事は、板前場の隅で皿を洗うことだ。仕込みの包丁の音、出汁の匂い、湯上がりの客の笑い声が壁を隔てて漏れてくる。この旅館は百二十年続いたが、三年前、大手の観光資本に買われた。看板はそのまま、…
深夜のコンビニの自動ドアが開閉する音は、いつも一定のリズムを刻んでいる。だが、今日のドアは、まるでためらいがちに、音を立てた。俺は、その不協和音の中に、何か新しい周波数を聞き取った気がした。
裏山の養蜂場は、今日も規則正しい沈黙に包まれていた。蜂蜜の甘い匂いと、機械油が混ざったような無機質な香りが混ざり合い、空気を重くする。彼女は、その矛盾した香りに鼻を鳴らした。
山頂の気象観測所に着任して四年になる。わたしの仕事は、一日二回、ゴム風船に無線機を括りつけて空に放ち、山の上の空気を、下の街へ伝えることだ。来春でこの観測所は閉鎖になる。衛星のほうが、人間より…
私は地下鉄の車両基地で、廃止が決まった線の車両を、書類の順番に灯りごと消していく。同僚は私のことを「消灯係」と呼んでいる。ある終電後、解体待ちの旧型車両の台車の下で、日光を知らない桜の花を見つ…
閉園まであと十日になった日、彼は駐車場のフェンスに新しい看板を取り付けた。『感謝の価格・本日の入場料・一円』。ここの入場料は三十年前からナスダック指数と連動していた。市場が跳ね上がれば入場料は…
深夜二時、天文台のドームは潮騒に似た低い音をたてていた。彼は震度のないゆれを、望遠鏡より先に受信していた。モニタにはAIが選んだ観測対象が並び、どれにも人名が付いていた。
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