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ふしぎ

休符はだんだん長くなる

第 133 話 / 全 133 話 2026.10.16 07:15 配信 約4分で読める
休符はだんだん長くなる

ハミングランドは三月三十一日に閉園になる。彼女は、その最後の数か月ぶんの勤務表を作る係だった。

本社から貸与された勤務管理システム「メトロノーム」に、アルバイトたちの希望日を打ち込む。九時入りの早番を「1」、十三時入りの遅番を「2」の記号で、日付のマスを埋めていく。月締めにはドットプリンタがかしゃかしゃと表を吐き出し、認め印を押した控えを緑のファイルに綴じる。時給は高い。週末、観覧車だけが客を乗せる。それ以外のことは、もう何も起きない。

開園から四十年になる。ピークの夏には入場制限の出たこともあった。今は週末でも、改札の内側で腕を組み、昼の光が机の上を渡っていくのを眺めていられた。

メトロノームには絶対の規則がひとつあった。シフトとシフトのあいだに、十一時間の休息を空けること。本社の研修で「これだけは何があっても守ってください」と言われた、たったひとつの規則だった。

ある火曜日、彼女の組んだ表をメトロノームは弾いた。〈インターバル不足。必要休息:十三時間〉。設定を開くと、十一のままのはずの数が十三に変わっていた。保守の会社に電話すると、先方も困った声を出した。「更新は、していないんですけどね」「設定を変えられるのは本社様だけです」「本社は知らないと言っています」「では、誰が」。電話の向こうで、少しの間があった。

翌朝は十四時間だった。彼女は十一に直して帰った。その翌朝は、十五時間。

相談する相手がいなかった。本社は土地の売却先との話で手一杯で、整備士は残業代の出なくなった月に辞めていた。彼女は数字を手帳に書き写すことにした。十一、十三、十四、十五。だんだん長くなる、階段のような並びだった。そして階段は、上がるほど段差が高くなっていく。

十七時間を超えた週から、閉園は予定より早まりはじめた。人を並べられる時間が足りず、コーヒーカップが止まった。次の週、バイキングが止まり、回転ブランコの操縦席には、雨よけのビニールがかけられた。園内マップは赤いシールで埋まっていく。

本社からは「観覧車の解体は四月入りの予定です」とだけ届いた。数値の件を報告した返信は、いつまでも来なかった。

休符はだんだん長くなる 挿絵

不思議なことに、残った人々の顔つきは良くなっていく。アイスクリーム売り場の娘の手の震えが止まった。閉園後の花壇に水をやる者、ゴミを拾いながら園内をゆっくり歩く者が現れた。

最後の週末、動いていたのはメリーゴーランドだけになった。白い馬は変わらず円を描き、音楽は二分ごとに始まっては終わる。乗っているのは子どもばかりではなかった。暇の長くなったアルバイトたちが、制服のまま、大人しく馬に跨っていた。

彼女は夕暮れの事務所から観覧車を眺めた。点灯用のタイマーはまだ生きていて、ゴンドラの灯りが誰も乗せないまま橙色に並ぶ。焼けるような空が沈むと、灯りだけが水面のように残った。綺麗だ、と思った。思ってから、この景色をあと何度見られるのかを数えた。四回。

最終週の表を作ろうとした夜、メトロノームは〈必要休息:二百四十時間〉と表示した。閉園までは二百十六時間しかなかった。誰かが再び勤務するために必要な間隔は、この園の残りの日々より、もう長い。メトロノームが認めたのは、ひとりにつき、きっかり一度ぶんの勤務だけだった。

彼女は全員ぶんの最後の勤務を、閉園日までのあいだに散らせた。印刷した表はほとんど白い紙で、まばらに名前が点在している。それは楽譜のようだった。休符の長い、長い楽譜。

三月三十一日、最後の勤務は彼女の番だった。改札を閉め、売店のブレーカーを落とし、事務所に鍵をかけた。観覧車の灯りが、定刻どおりに消えた。

ポケットの電話が鳴った。駅前の本屋でレジをやっている友人からだった。「うちの勤務のやつ、誰もいじってないのに設定が勝手に伸びてて、店長が閉口してる」。添えられた画面に、〈必要休息:十六時間〉とあった。

彼女は鍵を開けなおして、メトロノームを覗いた。数値は、まだ生きていた。二百四十が、見ている前で、静かに二百四十一になった。

数字はそのあとも、誰もいない事務所の隅で、ゆっくりと伸びつづけていた。

夜
毎日ショートショート編集部

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