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意外な結末

星は誰のものでもない

第 131 話 / 全 133 話 2026.10.15 19:16 配信 約4分で読める
星は誰のものでもない

深夜三時に周波数を合わせると、ノイズの海の向こうから、誰かが手紙を読む声が始まる。その帯は、番組表のどのページにも載っていない。コールサインを告げる声もない。曲が流れたこともない。失業して四か月になる私は、夜の三時に、目が決まって覚める。ハローワークが開く九時までの二時間、天井の染みを数えるか、その周波数を聴くかだった。

番組は「星の便り」とだけ名乗った。リスナーから届いた手紙を、始まりの時間に一度だけ告げて、あとは最後まで読む。手紙の内容は、だいたい似ていた。眠れぬまま朝を迎えたこと。家賃のこと。奨学金のこと。親の介護と、自分の首のこと。読む声は、夜ごと少しずつ違った。月曜は幾分高く、木曜は掠れていた。同じ夜の中でも、一通目と三通目とで、間の取り方が変わることがあった。声は決して上手ではなかった。読み慣れない紙特有の、引っかかる間があった。それがかえって、書いた本人の机の横にいる気にさせた。深夜三時に毎晩誰かがしゃべり続けているのだから、疲れもするだろう。私はずっと、そう思い込んでいた。

アパートのドアには、来春から家賃が上がるという張り紙が貼られた。スーパーの総菜は、閉店の一時間前に半額の札へ変わる。その札を待って買った夕飯を済ませ、眠り、三時に目が覚める。それが四か月の、決まった順番だった。

もともと私は、もっと大きな番組を聴いていた。リスナーの電話をつなぐ、よくある深夜の帯である。去年の春の最終回に、パーソナリティは静かに言った。数字が足りませんでした、と。それからの私のラジオは、三時のノイズの帯だけを拾うようになった。星なんて、もう誰も見上げなくなった。空の星も、画面の中のスターも、広告の料率になれないものから、順に消えてゆく。残るのは、名前のない声だけだ。

私も便りを出したことがある。三年前、はじめて会社を辞めた夜、六枚の便箋にびっしりと悔しさを書いて、番組の私書箱へ投函した。返信用の切手まで貼った。読まれることはなかった。返事も来なかった。三時の夜は私のものではなく、私の声は、数字になるほど多くはなかったのだと思っていた。

案内が届いたのは、失業手当の給付が終わった日の夕方だった。切手のない封筒で、消印の代わりに、日付だけが手書きされていた。「公開収録のご案内」。日付と、駅の名前と、手描きの地図。雑居ビルの四階に、丸がひとつ描かれてあった。応募した覚えはなかったが、足は向かった。

星は誰のものでもない 挿絵

ビルのエレベーターは止まっていた。四階の扉は開いていて、折りたたみの椅子が十数脚、ゆるい円を描いて並んでいた。すでに十人ほどが座っている。年も恰好も違う人たちで、誰も口をきかなかった。誰もが、長いあいだ眠れなかった顔をしていた。壁には天井まで届く棚があり、封筒を納めた箱がずらりと並ぶ。箱には番号ではなく、日付だけが記されていた。窓の外には、屋上へ伸びる太いアンテナの影があった。部屋の中央に、古い卓と、マイクが一本。老人が一人、立っていた。どこにも、カメラの類は見当たらなかった。編集して、後日どこかで流すのだろうか、と私は思った。

老人は誰の名前も呼ばず、こう言った。では、始めましょう。椅子の下には、封筒が一通ずつ入っていた。老婦人が最初に立ち、マイクの前に座った。封筒を開き、若い男の字らしい手紙を読み始めた。明け方まで眠れなかった話、足の裏の痛みの話だった。

私は背筋を伸ばした。その声に、聞き覚えがあった。喉の渋れた、火曜の夜の声だった。老婦人が読み終え、つぎに大きな体の男が座った。こんどは木曜の、幾分高い声だった。読む人は途中で一度も顔を上げなかった。誰もが私と同じように、長いあいだ、あの声の夜を聴いてきた顔だった。

私の番が来た。封筒の中の便箋は、六枚あった。隅が波打つ、書きなれた字。私の字だった。三年前の、あの夜の便りだった。差出人の名前は、切り取られていた。私はマイクの前に座り、ヘッドフォンを付けた。その向こうで、ノイズの海が満ちていた。私は読んだ。自分の失職の夜を、他人の人生のように声に出し、最後まで途切れさせなかった。読みながら、私の字は少しずつ他人のものになり、最後の一枚で、まぎれもなく私へ戻ってきた。読み終えたとき、卓の端の赤いランプが、静かに点いた。

老人は読み終えた便箋を揃え、元の封筒へ戻し、棚の箱に納めた。箱は部屋の奥まで並んでいて、空いた場所はもう僅かだった。老人は次の封筒を、次の読み手の椅子の下へ置いた。

階段を降りて、通りの電話ボックスの横で、ポケットのラジオをひねった。ノイズの向こうで、誰かが便りを読み始めたところだった。よく知る声だった。毎晩三時に始まる、あの声だった。途切れ途切れに、私の声だった。

夜
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