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切ない

あの銀河は三寸玉だった

第 134 話 / 全 135 話 2026.10.16 19:11 配信 約4分で読める
あの銀河は三寸玉だった

統計局のトラックが打上場に届くころ、夏至が近い。木箱には名前の代わりに、十一桁の番号が焼き印してある。五年前、「収入の可視化に関する法律」ができてから、この国の所得は毎年ひと晩、火薬に換算されて空へ上がる。海に面した埋立地に、彼は十七日かけて筒を並べる。口径が収入だ。三寸玉の箱が何百と積まれ、その奥に、八寸、一尺。海側には最終部のための大きな筒が、ひとつだけ埋めてある。堤防から見下ろすと、打上場は巨大な分布図に見えた。

法律ができたのは、巨額の申告漏れが次々に明るみに出た年だ。隠せないものは空へ上げてしまえ、と誰かが言い、異論は潰れた。審議は六分で終わったという。打上の費用は税金で賄われる。自分の番号を見上げるために、全員が少しずつ払っている。彼はそれを妙だとは思うが、仕事は仕事だ。玉込めの彼の手は、どの寸尺の重さも覚えている。法律のできる前、花火は誰のものでもなかった。昔の親方はそれを誇りにしていた、と彼は聞いた。

彼は図面より先に、箱の重みでこの町の一年を読む。大きい玉が減る年は不況、一尺玉の箱が増える年は好況だ。今年、総火薬量の届け出は去年とほとんど変わらない。変わらないのに、小口径の箱だけが去年の三倍届いた。数字はどれも正しい。歪みは、どこにも報告される形を持たない。堤防から見る分布図の裾は、今年、金網の外まで迫っていた。彼は黙って、三寸玉を筒へ落とし続けた。

四尺玉は、別扱いの黒いトラックで運ばれてくる。この国でいちばん高い収入の持ち主の分が、一発。番号は三年続けて同じだ。一度見てしまった数字は、忘れられない。筒に込める前に、彼は一度だけ考える。空の玉と取り替えたら。筒は同じように唸り、夜は何も咲かずに残るだろう。観客の誰も気づかないだろう。彼は手を動かし続けた。火薬の匂いだけが、普段と変わらなかった。

先週、彼自身に封筒が届いた。通知書と、線香花火が一本。「あなたの収入に相当する火薬は、下記のとおりです」。下には、何も書かれていなかった。封筒は薄く、去年と同じ厚さだ。同じ厚さの封筒は、この国で年々増えているらしい。季節職の彼の年間収入は、この夜の日当でほぼ尽きる。彼はその一本を胸のポケットに入れて、打上場に通った。

あの銀河は三寸玉だった 挿絵

夜、号砲とともに二万の筒へ火が入る。小口径の部が始まると、低い空に花が途切れず咲いた。貝殻を割るような軽い音が、雨になって続く。粒は咲いては消え、消えた場所へ次の粒が咲いた。光が重なり、海の上に一つの銀河ができていく。彼は足を止めて目を細めた。どの花が誰の番号かは、分からない。分からないままに、一つひとつが確かに誰かだった。堤防の向こうでは、観客が自分の花を音の並びで探すという。誰にも見分けはつかないのに。小さな花の群れには、拍手が起きない。

進行表の小口径の部は、去年の三倍の長さに引き伸ばされていた。並べ直したのは、彼ら自身の手だ。慣れた手順で、ただ送り出す。海風が変わっても、花は咲く順番を守った。観客は待ちくたびれて座り込み、堤防では子どもがひとり、まだ光を数えていた。それでも銀河は咲き続け、粒は多すぎて、粒として数えられなかった。

やがて最終部。海に面した大筒から、四尺玉が昇る。昼のような金色が夜を引き裂いてひろがり、銀河を一度に消した。金色の牡丹が開ききり、枝を垂らし、ゆっくり闇へ沈んでいく。音が遅れて体に当たり、堤防がどよめいて、拍手が起きた。彼は乾いた目で見上げた。その中心に、忘れられない番号がある。美しい、と思ってしまう自分を、彼は正確に憎んだ。

片付けが済んだ堤防に、彼はひとり残った。潮の匂いの中で胸のポケットから線香花火を出し、風を背にして火を点けた。先から火花が噴き、松葉のように散って、やがて火の玉がぶら下がる。落ちる。火の玉は落ちる直前に、いちばん赤くなる。相当分の火薬が尽きるまで、彼は動かなかった。それから、空を見た。星は、まだあった。

同じ夜、この国のいくつの窓辺で、火の玉が落ちただろう。来年の夏至、空へ昇る銀河と、手元で落ちる火の玉。数えるべきなのは、どちらなのだろう。

このお話のテーマ
夜
毎日ショートショート編集部

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