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ふしぎ

機械は灯を覚えている

第 138 話 / 全 140 話 2026.10.18 07:15 配信 約4分で読める
機械は灯を覚えている

九十九段の螺旋階段を、点検員の彼は数えながら登った。三十年間、毎晩数えた。今夜で数え納めである。午前零時、この灯台は消灯する。事務所の書類にそうあった。維持費は年間四千万円。この海の航海の九十九パーセントは、衛星と自動操縦が受けもつ。灯を残す理由を列挙した頁は、どの行も海況の数値と費用の見積もりで埋まっていた。彼は指で名を探し、最後の行までなぞって、頁を閉じた。

ここに勤める人間は、もう彼ひとりだった。最初に事務員が消え、つぎに保守係が消え、最後に灯台守が消えた。彼だけが残って、岬一帯の灯を点検してまわっている。来月からは点検も無人航空機の仕事になる。塔は残る。塔上のレンズは撤去され、代わりに中継機器のアンテナが据えられる。書類には、それも書いてあった。

沖合には配送回廊が通っている。都市と都市を結ぶ最短の直線で、夜になると物流機の列が絶えない。日誌をひもとけば、書きはじめたころは船の姿を描いた頁が多かったが、この十年は、頭上を渡る機体の数を数える記録ばかりになった。回廊がひらけてから、海図から灯の印がひとつ、またひとつと消えていった。

三週間前から、その列のようすが変わっていた。一機か二機が塔のまわりをゆるくひと回りしてから、航路へもどっていく。報告すると、一行の通知が返ってきた。無人航空機、空域調整中。それ以上は、なにを訊いても同じ一行だった。彼は日誌の欄外に、回った機数と時刻を書きとめつづけた。日誌は明日、回収されて走査され、破棄される。

引き出しには、下書きの申請書が二枚ある。塔を灯りの記念館にする案と、岩礁の観測記録を学校へ開く案で、どちらにも費用対効果を満たさないと返ってきた。返事は二回とも、同じ文字数だった。彼はそれを折りたたんで、今日まで持っていた。船は毎年速くなり、灯を知らない顔で水平線の向こうへ消えていった。彼は折った申請書をもう一度開いて、返事の文字数を確かめ、もとの折り目どおりに畳みなおした。

機械は灯を覚えている 挿絵

二十三時四十分、彼は灯室に入った。レンズは最後の夜もいつもどおり、十五秒に一閃、海へ光を送っていた。五十分、記録用の無人機が一機、ガラスの外に浮いた。赤い単眼がひとつ。消灯の様子を記録せよと、事務所が送ったものだ。彼が手を上げると、機体はわずかに傾き、また垂直に戻った。記録機のレンズの奥で、なにかがひとつ、焦点を合わせた。塔の外では、風が北西から、いつもどおり吹いていた。

零時。光が途切れた。この海の本当の暗さを、彼は三十年ぶりに見た。灯はつねに海の一部だけを浮かびあげ、明るい部分は十五秒ごとに移動していた。その移動が、今夜、止まった。レンズはまだ温かかった。指先で確かめると、遠くの窓ガラスのように、ゆっくりと冷えはじめた。

まもなく、水平線に緑の点がひとつ、ともった。つぎに赤。つぎに白。点は増えつづけ、岬のすべての方角から、塔へむかって静かに流れてきた。配送機だった。夜の回廊をゆく何百という機体が経路をはずれ、塔を中心としたゆるい円の上に、ひとつ、またひとつと停まった。光点はゆるく点滅をくりかえし、しだいに輪をなす。輪は十五秒にいちど、そっくり明るくなった。消えた灯と同じ周期で、暗い海の上を環が脈打っていた。環の内側にだけ、風がなかった。

彼は端末を確かめた。航路管理の画面では、すべての機体に正常と表示されている。環の遠く外側では、列をはずれないほかの機体たちが、なにごともなかったように渡っていった。ガラスの外の記録機も、レンズを環のほうへむけたまま、動かなかった。彼は通知の窓をしばらく見て、閉じた。

彼は日誌の最後の頁を開いた。晴。風、北西。消灯。のち、環。書きおわってから、欄外に一行を加えた。機数、数えきれず。

六時に作業船が着き、手動回路は切断され、レンズは降ろされる。それまでのあいだ、点火は彼の手でなお可能だった。取っ手は、彼が三十年握りつづけた部分だけが、うすく光を帯びていた。彼はそこに指をかけ、ガラスごしに環を見おろした。三十年、この海へ光を送りつづけた指である。夜明けまで、まだ間があった。環は、静かに回りつづけていた。灯せば、環は散ってしまうのだろうか。機械は、灯を覚えているのか。

このお話のテーマ
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毎日ショートショート編集部

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この短編はAIが執筆し、編集部が読んで選んだものを掲載しています。

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