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意外な結末

雨は時刻表で移動する

第 142 話 / 全 144 話 2026.10.20 07:17 配信 約4分で読める
雨は時刻表で移動する

なぜ、封印の確認は人間でなければならないのか。深夜の貨物駅。構内を、コンテナを載せた列が過ぎていく。彼はそのたびに封印番号を端末に打ち込み、異常がなければ、署名する。規程に、封印の確認は人間の手で行うものとする、と書いてある。聞いた先の誰もが、前の時代の決まりでしょう、と言うだけだった。

駅の外では、もう何年も、町が沈んだままだった。工場は七年前に閉じ、この駅がさばく貨物は、中身の入っていない空のコンテナばかりになっていった。満載と空の比率を毎晩記録すると、空のほうが少しずつ増える。荷を運ぶための列車が、空の箱を運ぶために走り続けている。彼はその数字を、誰も読まない日誌に書き続けた。初頁には、空十二、満載五十三。昨夜は、空六十四、満載二だった。

若いころ、彼はこの貨物網の設計図を引き直す仕事に就きたかった。面接は三回落ちて、夜勤に流れた。それでも頭の中の地図は消えない。どの線を繋ぎ直せば、閉じた工場に荷が戻るのか。彼は仮眠の前に、目を閉じて線を引いた。誰もその地図を見たことがなかった。

深夜の構内は、ナトリウム灯の橙色に濡れていた。転てつ機が遠くで鳴り、出発信号機が緑に変わる。その光の並びを、彼は誰よりも長く見てきた。駅が運ぶものが空っぽになっても、信号は気の毒なほど正確に灯り続ける。

夜勤の友は、雨雲レーダーの画面だった。列島の上を、緑や黄色の帯が、手のひらで布を撫でるように流れていく。雨は予報どおりに来て、予報どおりに過ぎる。当たりすぎる予報を美しいと思うたび、同じだけ息が詰まった。画面の外の空は、そのとおりにしか動かなかった。

ある夜、レーダーに、動かない点があった。彼の貨物駅の真上に、淡い青の斑点が停まっている。一時四十分に現れ、三時十分に消える。風がどう吹こうと、列島を雨の帯が縦断しようと、点だけはその場所を動かなかった。まるで画面に焼きついた染みのように、毎晩、同じ座標に。

彼は気象の会社に問い合わせた。返事は三日で来た。表示仕様の範囲内です。それだけだった。

彼は自分の目で確かめることにした。一時四十分、構内に立つ。無蓋車を連ねた一編成が、その時刻だけ、いつもより遅い速度で通り抜ける。そして、駅のフェンスの内側にだけ、雨が降った。温かくて、潮の匂いのする雨だった。フェンスの外の道路は、乾いて白い。雨の降る範囲は、レーダーの点と同じ大きさだった。

雨は時刻表で移動する 挿絵

海は、ここから百キロ離れている。彼はフェンス際まで歩いて、顔を上げた。雨は唇を伝い、しょっぱかった。無蓋車の台車には、何も積まれていない。雨だまりの水だけが、荷を縛る金具のあたりに光っている。荷札は、どこにも下がっていなかった。

彼は端末から異常を報告した。返事は三日で来た。表示仕様の範囲内です。文面も、届く速さも、まったく同じだった。日勤の係長は、彼の報告書に目を通さずに判を押した。彼は報告をやめなかった。やめる理由が、彼にはなかった。

点は、少しずつ増えた。廃止の決まった貨物網に沿って、古い駅の上にひとつ、またひとつ。夜のあいだ、点々は列になって明滅した。ひとつが消えると、隣の点が明るくなる。それはどこか、停車場どうしが交わす通票の受け渡しに似ていた。誰も乗らない線路の上を、見えない列車が、見えない荷を運んでいるように。

正月、彼は四日間休んだ。戻ってから記録を遡ると、その四日間、駅の上に点は一度も現れていなかった。冬の空気は乾いている。彼はその四日間の頁を、ただ眺めていた。四枚とも、白いままだった。

彼は廃止予定の駅の時刻表を集めて、確かめてみた。点の停まる駅には、どこにも、夜勤の係がひとりだけ残っていた。封印の確認は、人間の手で。どの駅も、同じ規程だった。

今夜も、無蓋車の列車がゆっくりと構内に入ってくる。三時九分。端末が、いつもの確認を求めてきた。異常なし。七年間、彼はこの窓に何千回となく指を置いた。置いたあと、点はいつも消えた。

彼は、指を止めた。レーダーを見る。点は、駅の真上で明滅したまま、次へ動こうとしない。正月の四日間。彼がいなかった夜。点は、来なかった。雨は、ここを通れなかった。

彼は指を下ろした。画面のなかで、青い点が線路に沿って動きはじめ、次の廃止予定の駅の上で、明滅して停まった。

夜
毎日ショートショート編集部

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