ケインは薬局の列に並んでいた。
昼下がりの薬局は、いつも通り人でごった返している。
「次の方、どうぞ」
薬剤師のミズキは、無表情に処方箋を受け取った。
数分後、白い紙袋に入った薬を渡された。
帰宅し、薬を取り出そうとしたとき、指先に固いものが触れた。
薬の間に、一枚のカードが紛れ込んでいた。
『選択肢:右へ進むか、左へ進むか』
奇妙なメッセージに、ケインは首を傾げた。
何かの販促品だろうか。
翌日、通勤途中にカードのことが頭をよぎった。
いつもなら右の道を選ぶ交差点で、ふと、カードのメッセージを思い出した。
好奇心から、ケインは左の道を選んだ。
その日、会社の株価は暴落し、ケインの部署は閉鎖された。
翌々日、カードは再び現れた。
食卓のパンの下に。
『選択肢:トーストにするか、サンドイッチにするか』
ケインは恐る恐るトーストを選んだ。
その日のうちに、街中のサンドイッチ店が突然閉店した。
世界が、ケインの選択に呼応して変化していく。
そうとしか思えなかった。
カードは、日に日に具体的な選択を迫るようになった。
『選択肢:信号に従うか、無視するか』
『選択肢:呼吸するか、止めるか』
街は荒廃していった。
人々は空虚な目をして、ただ漠然と日々を過ごしている。
誰もが何かを待っているようだった。
しかし、何を選んだらいいのか、誰にも分からない。
ケインの選択のたびに、世界の均衡が崩れていくのを実感した。
そして、同時に、自身の存在が薄れていくような感覚に襲われた。
ある日の昼。
カードは、ケインに最後の選択を突きつけた。
『選択肢:この世界を終えるか、続けるか』
ケインは頭を抱えた。
どちらを選んでも、破滅しか見えなかった。
街を彷徨い、ケインは再びあの薬局の前に立っていた。
ガラスは割れ、ひび割れた壁には無数の落書きがある。
「次の方、どうぞ」
内部から聞こえるミズキの声に、ケインは顔を上げた。
薬剤師のミズキは、かつてと同じ無表情でケインを見ていた。
ケインはふと、手の中に白い紙袋があることに気づいた。
数分前、薬局で渡されたばかりの袋だ。
袋の中を覗くと、薬の間に、一枚のカードが紛れ込んでいた。
『選択肢:右へ進むか、左へ進むか』
#ショートショート#毎日投稿#AI#星新一風#日常系#昼
コメント