夕暮れ時。
K氏は、助手であるJと共に、山奥の寂れた神社にいた。
K氏は古物収集家である。
彼の目的は、忘れ去られた神社の片隅にでも、掘り出し物がないか探すことだった。
「これはひどいな」とJが言った。
鳥居は朽ちかけ、参道は苔むしていた。
K氏は気にせず、周囲を丹念に観察していた。
「おや?」
K氏の目が、手水舎の近くの石畳に止まった。
そこには、人の手形のようなものがくっきりと残されていた。
まるで、つい先ほど誰かが泥だらけの手を押しつけたかのようだ。
「珍しい。こんなに鮮明な手形は見たことがない」
K氏は屈み込み、指でそっと触れた。
Jは「ただの汚れでしょう」と冷めた声で言った。
K氏は持っていたハンカチで拭いてみた。
しかし、手形はびくともしない。
次に、Jがペットボトルの水をかけてみた。
水は手形の上を滑り落ちたが、痕跡は消えるどころか、夕日に濡れて一層鮮やかに浮かび上がった。
「これは……」Jの声に、わずかな動揺が混じった。
「面白い」
K氏はつぶやいた。
さらに奥へ進むと、本殿へと続く石段にも、いくつか手形や足跡が見つかった。
子供のような小さな手形、大人の足跡、かと思うと、両膝をついて這ったような跡まであった。
それらの痕跡はすべて、石畳や石段の表面に、まるで絵の具で描かれたかのように付着していた。
どれもこれも、信じられないほど鮮明で、まるでつい最近つけられたかのようだった。
Jは背筋に冷たいものを感じた。
「不気味ですね。帰りましょう、K氏」
しかし、K氏は微動だにしなかった。
彼の顔には、恐怖ではなく、深い興味と、どこか達観したような表情が浮かんでいた。
「人は、何かを強く願う時、魂の一部をそこに置いていくものだ」
K氏は独り言のように言った。
「この神社は、きっと長い間、人々のそうした『痕跡』を吸い込み続けてきたのだろう」
JはK氏の背後を見た。
夕日の最後の光が、彼の背中と、その足元の石畳を赤く染めていた。
その石畳には、先ほどまでなかった、もう一つの新しい痕跡が、ゆっくりと形を成し始めていた。
それは、K氏の右足の靴底と、彼の杖の先が残した、ごく薄い、しかし消えようとしない影のようだった。
Jは、自分の左手のひらを無意識に見ていた。
そこに、夕日の光を反射して、わずかに、しかし確実に、透明な手形が浮かび上がっていた。
神社の石畳は、沈みゆく太陽の光を浴びて、無数の、しかし誰にも語られない痕跡を、永遠にそこに留めていた。
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