疲れた遺伝子の保管庫

毎日ショートショート

夕暮れが迫る遺伝子バンクの薄暗いラボで、ヤマダは今日も検体データの入力に追われていた。

モニターの光が彼の疲れた顔を照らす。

膨大な量のDNA情報が、無機質な文字列となって流れ去っていく。

 

隣の席では、同僚のサトウがコーヒーをすすりながら、気だるげに言った。

「また異常値ですか、ヤマダさん。システムがまた古いデータを読み間違えたんでしょう。」

ヤマダは首を振った。

 

「いや、今回は違う。これは、既知のいかなる塩基配列とも一致しない。完全に新しいパターンだ。」

彼は画面を指さした。

表示されているのは、螺旋構造を逸脱した、不可解な数列の塊だった。

 

数日前から、バンク内のごく一部の検体から、この奇妙なデータが検出され始めていた。

当初は機器の誤作動やデータ破損と考えられたが、検体数が増えるにつれて、無視できない問題となった。

詳細な解析の結果、それは単なる誤りではなく、地球上の生命には存在しない「多次元的」な情報を含んでいると判明した。

 

この現象は日を追うごとに拡大し、バンク内のデータシステム全体を侵食し始めた。

保管されている遺伝子情報が、まるで意志を持ったかのように、この謎のパターンへと自己改変していくのだ。

研究主任のタナカは顔色を変え、緊急会議を招集したが、誰もその正体も、対処法も分からなかった。

「これは、我々の理解を超えている……」

タナカはうめいた。

 

ヤマダとサトウは、残業を強いられ、さらなる疲労に苛まれていた。

彼らは日夜、システムログと検体のデータを照合し続ける。

そして、ある夜、衝撃的な事実を突き止めた。

 

問題の多次元的遺伝子パターンは、彼ら自身の検体からも検出されていたのだ。

献血の際に預けた、彼ら自身のDNAからも。

「そんな、まさか……」

サトウが息を呑んだ。

ヤマダは自分の手を見つめた。

手のひらに、微かな、しかし確かな違和感があった。

 

その時、バンクのメインシステムが、全ての検体データを更新したというメッセージを表示した。

完了。

新しい遺伝情報への書き換えが。

 

ヤマダは、ずっと感じていた疲労感が、実は新しい「情報」を受け入れるための準備期間だったのだと悟った。

そして、彼らの肉体と意識は、すでに、この多次元的な存在の一部と化していた。

バンクが保管していたのは、もはや人類の遺伝子ではなかったのだ。

疲れた遺伝子バンクは、宇宙的な存在の巨大な培養器と化していた。

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