資本主義と市場
終着駅で犬が吠える夜
終着駅に最後の電車が到着したのは、もう何年前のことだったか。彼は廃線後も線路沿いの詰め所を守り続けており、仕事は、来ない列車を待つことと、野犬に餌をやることだけになっていた。
勝者の絵の下で鳴く空腹
熱帯低気圧が接近する午後、修復室の空調だけが低い唸りを上げていた。私は倒産した金融グループのコレクションから預かった『凱旋』を前に、画面に乱れて落ちる数字を見ていた。金色の馬と騎手は、まだ二度…
湯けむりの聖地が冷める朝
温泉旅館の板前場は、いつも湯の匂いがする。壁にしみて、布にしみて、指の間にまで滲んでいる。ここへ来て三年になるが、私はいまだに、自分の匂いと湯の匂いを区別できない。窓は高い場所にひとつだけあっ…
夜更けの検車場に微かな音
新造車両は脈動していた。従来型の車体に組み込まれた制御基板が、夜ごと静かに、かつ確かに学習していく。彼は検車灯の下で、その呼吸を確かめるように日記をつけていた。
高い畑で、種は眠らない
このビルの最上階は、 thirty階建ての屋上に耕された畑だった。就業時間は日没まで。それ以上遅くなると、夜の街が畑を見下ろす側と見上げる側の区別を失うからだ。
湯けむりは、配当を知っていた
俺の仕事は、板前場の隅で皿を洗うことだ。仕込みの包丁の音、出汁の匂い、湯上がりの客の笑い声が壁を隔てて漏れてくる。この旅館は百二十年続いたが、三年前、大手の観光資本に買われた。看板はそのまま、…
冷却水のなかで桜は咲く
午前二時、印刷工場の気温は三十四度だった。冷房はこの部屋の熱を奪うだけで、機械の熱はどこか遠くへ捨てられている。夜勤の彼は綴じ機の前に立ち、流れてくる紙の束を見ている。束はまだ温かい。刷られた…
見えない荷物の数え方
仕分けラインの監視係の彼は、入荷した重量と出荷した重量を毎晩照合していた。誤差は常に同じ方向に傾いていた。行方不明になるのは、全体のおよそ十五パーセント。誰も気にしなかった。