アキラは屋上で洗濯物を干した。
今日の空は澄み渡り、陽光が降り注ぐ。
Tシャツが風にはためいた。
ふと、そのTシャツが、何かを語りたげに見えた。
アキラは気のせいだと笑った。
数日後、アキラは屋上で昼寝をしていた。
枕元に置いた文庫本が、じっとこちらを見つめている錯覚に陥る。
屋上には、たくさんの鉢植えがあった。
古びたテラコッタの鉢に、アキラは語りかけた。
「この屋上には、たくさんのことがあったね」
翌日、その鉢から新しい芽が出ていた。
単なる偶然だと、彼は思った。
しかし、そうではないとアキラは確信した。
屋上にある全ての物が、そこで交わされる会話、起こる出来事を記憶しているのだ。
物干し竿は夫婦の諍いを。
ベランダサンダルは子供たちの笑い声を。
古いほうきは、誰もいない夜の秘密の呟きを。
アキラは屋上で過ごす時間を意識するようになった。
言葉を選び、行動を慎重にした。
ある日、アキラは屋上で長電話をした。
誰にも聞かれたくない、秘密の会話だった。
電話を切った後、ふと視線をやると、物干し竿の錆びた部分が、微かに震えているように見えた。
それは、まるで同意しているかのように。
アキラは笑った。
達観した笑いだった。
彼は屋上の物たちに語りかけた。
「君たちは、一体どこまで覚えているのかね?」
問いに、風が答えるように屋上を吹き抜けた。
洗濯物がぱたぱたと音を立てた。
アキラは、それが物たちの「返事」だと感じた。
その時、アキラは気づいた。
彼が屋上を去るたびに、彼の足跡がコンクリートのひび割れに、彼の声が風に、そして彼の存在そのものが、屋上のあらゆる物に確かに刻まれていくのを感じた。
まるで、彼自身もまた、この屋上の一部として、永遠に保存されるかのように。
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