アオキは病院の待合室にいた。
予約時刻は午前十時。
壁の古びた時計は、やけにゆっくりと動いているように見えた。
隣の椅子には、ハヤシが新聞を広げている。
その向かいでは、イシダが小さくうつむいていた。
十時を五分過ぎた。
まだ呼ばれない。
アオキはもう一度、時計に目をやった。
秒針の動きが速い。
気がつくと、分針がカチリと音を立て、大きく進んでいた。
「気のせいか」
アオキは首を振った。
だが、秒針は加速を続けている。
一秒が、もはや数秒分にも感じられる速さで時を刻んでいる。
「あの、時計、おかしくありませんか?」
ハヤシが新聞を降ろして言った。
彼の顔には、微かな焦りの色が見える。
アオキは頷いた。
イシダがゆっくりと顔を上げた。
その表情には、混乱と不安が混じっていた。
待合室の窓から差し込む光が、急速に色を変えていく。
淡い昼の光が、あっという間に夕焼けの色になり、そして夜の闇へ。
それが、まるでコマ送りのように繰り返される。
ハヤシの手の中の新聞が、めくる音を立てる間もなく、次のページへと飛び、そして最終面になった。
彼の顔に、深いしわが刻まれていく。
「嘘だ……」
イシダの声が震えた。
彼女の髪が、見る見るうちに白く染まっていく。
アオキの指も、関節が太くなり、皮膚がたるむのを感じた。
外の景色が、季節を超えて激しく変化する。
桜が咲き、雪が降り、また桜が咲く。
それが、瞬きする間に何度も繰り返される。
やがて、ハヤシは椅子にもたれかかり、静かに動かなくなった。
彼の膝から、読み終えられた新聞が滑り落ちた。
イシダもまた、深い呼吸を一つしたかと思うと、そのまま眠るように崩れ落ちた。
アオキは、自分自身の体が、もはや自分のものではないように感じていた。
時間は、狂ったように加速を続ける。
視界がかすみ、遠くから声が聞こえる気がした。
「次の方、どうぞ」
その声が待合室に響いた時、そこに生きている者は誰もいなかった。
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