増殖書店の朝

毎日ショートショート

K氏は毎朝七時に開店する。

「本日もご来店お待ちしております」

自動音声が流れると同時に、書店の扉が開く。

いつも通り、数人の客が店内へ滑り込んだ。

 

K氏はカウンターから、ゆっくりと客たちを眺める。

通勤前のサラリーマン、主婦、学生。

皆、それぞれの目的を持って棚の間を歩く。

開店直後のこの静かな活気が、K氏は好きだった。

 

だが、その日の朝は少し様子が違った。

まず、いつものS氏が二冊の雑誌を手に立っている。

いつものように、新刊コーナーで立ち読みをしている。

しかし、そのS氏の隣にも、同じ背広のS氏がいた。

まったく同じ顔で、全く同じ雑誌を手にしている。

 

K氏は目をこすった。

疲れているのだろうか。

最近、寝不足気味だった。

だが、もう一人のS氏は消えない。

まるで当たり前のように、二人のS氏が並んで雑誌を読んでいた。

 

その時、奥の文庫本コーナーで、B夫人が振り返った。

K氏と目が合ったように見えた。

だが、その瞬間、B夫人の隣にもう一人のB夫人が現れた。

同じワンピースを着て、同じタイトルを手にしている。

二人のB夫人は、互いに気づく様子もなく、ただ静かに本を選び続けていた。

 

店内は急速に活気づいていく。

いや、活気づくというよりも、単純に人が増えていくのだ。

C氏は三人になり、D青年は四人に。

子供向けの絵本を眺める家族も、いつの間にか倍の数になっていた。

通路は人で埋まり、棚の隙間にも人影が立っている。

 

K氏は呆然と立ち尽くした。

レジには長蛇の列ができている。

だが、その列自体が、まるで有機物のように伸び、増殖している。

混乱するどころか、客たちは特に感情を露わにしない。

ただ無心に本を選び、ただ無心に列に並ぶ。

 

K氏はふと、レジの向こう側で、あなたが手にしている本のタイトルに目を留めた。

興味深い書名だ。

そして、あなたの隣にも、全く同じ本を手に持ったあなたが立っている。

私たちは皆、気づかぬうちに、この増殖する書店の住人になっていたのだ。

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