昼下がりの神社は、喧騒に包まれていた。
カランカランと鈴の音が響き、ひっきりなしに参拝客が訪れる。
神主のカナメは、事務室で書類の山と格闘していた。退屈な日々の繰り返しだ。
巫女のミサキが、慌ただしく廊下を駆けてくる。
「神主様、大変です。参拝客のクロダ様が、奇妙なものを見つけたと。」
カナメは眼鏡を押し上げた。
「また誰かのいたずらだろう。」
拝殿へ向かうと、クロダが顔を青くして一枚の絵馬を差し出していた。
それは古びた絵馬掛けの奥に隠されていたらしい。
絵馬には稚拙な線で、しかし異様な迫力で、巨大なカエルが空を覆い、人々が粘液に足を取られて逃げ惑う光景が描かれていた。
裏には「毎日見る夢」とだけ書かれている。
「子供の悪夢か。放っておけ。」
カナメはそう言って、絵馬をミサキに渡し、元の場所に戻すよう指示した。
午後三時を過ぎた頃、空が突然、妙な色に変わった。
参拝客が空を見上げ、ざわめき始める。
やがて、雲の隙間から、巨大な影がゆっくりと現れた。
それは、まさしく絵馬に描かれていた、あのカエルに酷似していた。
地響きのような唸り声が響き渡り、境内の石畳がべたりと粘つき始めた。
「足が、足が抜けない!」
参拝客の悲鳴が上がる。皆が絵馬の通りに足を取られ、その場にへたり込んだ。
クロダが震える声で叫んだ。
「絵馬が!あの絵馬の通りになっています!」
カナメは事態の異様さにようやく気づき、絵馬掛けへと駆け寄った。
絵馬はまだそこにあったが、絵の具の線が、まるで生きているかのように蠢いている。
カナメは絵馬を掴み取ると、ライターを取り出した。
燃やしてしまえば、この異常な現象も止まるはずだ。
しかし、絵馬は何度火を近づけても、びくともしない。
それどころか、炎が絵馬に触れた瞬間、カナメの指がじわりと熱を持ち、絵馬の絵が、さらに生々しく動き始めた。
「神主様、どうすれば……」
ミサキの声が震えている。
カナメは絵馬を握りしめたまま、呆然と境内の惨状を見渡した。
巨大なカエルの影は空を覆い尽くし、空からは得体の知れない粘液が降り注ぐ。
参拝客は完全に身動きが取れなくなり、恐怖に顔を引きつらせていた。
カナメは絵馬の裏側をもう一度見てみた。
「毎日見る夢」の下に、小さな文字で、何か別の言葉が刻まれていた。
それは、まるで針で引っ掻いたような、細い線だった。
「この退屈な日々を、どうか打ち破ってくれ。」
カナメは目を凝らした。
そこに書かれていた筆跡は、どこか見覚えがあるものだった。
いや、見覚えがあるどころではない。
それは、間違いなく、彼自身の筆跡だった。
無意識のうちに書いた、彼の心の奥底からの、切実な願い。
悪夢のような日常からの解放を求める、彼自身の願望が、今、目の前で現実となっていたのだ。
カナメは、静かに絵馬を地面に落とした。
そして、空から降る粘液に、ゆっくりと顔を上げた。
巨大なカエルの影の下で、彼の退屈な日々は、確かに打ち破られたのだった。
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