希望の顔

毎日ショートショート

A氏は朝早くからガレージにいた。

古びた工具が壁に並び、油の匂いが染み付いたその場所を、人々は「希望の工房」と呼んだ。

 

錆びついたシャッターの隙間から、朝の光が細く差し込んでいた。

A氏は、埃をかぶった奇妙な機械の点検をしていた。

 

そこへ、B氏が訪れる。

B氏は少し緊張した面持ちだった。

「おはようございます、Aさん。予約の時間です」

 

A氏はゆっくりと振り返った。

彼の顔は、何となく平凡で、これといった特徴がないように見えた。

「さあ、こちらへ」

 

A氏はガレージの奥を指した。

そこには、歯科医の椅子のような装置が鎮座していた。

B氏はその椅子に促され、頭部を固定された。

 

A氏はいくつかのダイヤルを調整し、機械のスイッチを入れた。

低いモーター音が、静かなガレージに響き渡る。

これは、人々の「理想の顔」を実現する機械だった。

 

最新の技術で、顧客の要望に応じて顔のパーツを微調整するのだ。

痛みを伴わない、夢のようなサービス。

皆、より良い人生を求めてここを訪れた。

 

より自信に満ちた顔。

より魅力的な顔。

より幸福そうな顔。

 

数分後、機械の音が止まった。

「これで完了です」

A氏は手鏡をB氏に差し出した。

 

B氏は恐る恐る鏡を覗き込んだ。

そこには、確かに彼の「理想」とする顔があった。

均整の取れた眉。穏やかな眼差し。意志の強そうな顎のライン。

完璧だ、とB氏は思った。

 

だが、なぜだろうか。

どこか見覚えがあるような気がした。

 

その時、ガレージのドアが開いた。

C氏が顔を出した。

彼もまた、顔の調整を予約している客だった。

 

C氏はB氏とA氏を見て、少し驚いた表情を見せた。

「あら、もうお済みで?」

C氏の顔も、何となくB氏の新しい顔に似ていた。

 

いや、A氏の顔にも、どこか共通点がある。

そんな気がした。

B氏は首を傾げた。

気のせいだろうか。

 

C氏も椅子に座り、数分後には新しい顔を手に入れた。

彼が鏡を覗き込んだ時、B氏は確信した。

それは、彼自身の新しい顔と瓜二つだった。

 

そして、A氏の顔も。

ガレージの薄暗い光の中で、三人の顔は、そっくりだった。

皆が同じ「希望」を抱き、同じ「理想」を求めた結果だった。

A氏が満足そうに微笑んだ。

 

結局、この「希望の工房」で提供される最高の顔とは、A氏自身がかつて作り出した、最も普遍的で「無難」な顔だったのだ。

人々は、失うものがない顔を求めていた。

その顔は、誰にとっても「最適」であり、「安心」を与えた。

彼らは皆、自分だけの個性を手放し、A氏の「最高傑作」という名の空虚なコピーに安堵していた。

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