セツナは昼下がり、軌道上都市の自室でまどろんでいた。
ドーム状の窓からは、灼熱の太陽光が特殊なフィルター越しに差し込む。
室内の温度は常に快適に保たれているが、窓の外の青い地球を眺めていると、なぜか倦怠感が募った。
彼は目を閉じ、意識を沈める。
すぐに夢の世界へ誘われた。
しかし、それはいつもの夢とは少し違っていた。
夢の中には、見慣れないアパートの一室があった。
散らかったテーブルの上には、食べかけのフルーツゼリー。
隣の部屋からは、誰かの低い寝息が聞こえる。
セツナの夢には決して登場しないはずの要素だ。
突然、夢の中のドアが開いた。
現れたのは、隣室の住人、ミナミだった。
「あら、セツナさん。また私の夢に入り込んできたのね」
ミナミは少し不機嫌そうに言った。
セツナは驚いて飛び起きた。
全身に汗が滲む。
すぐに隣室のミナミにコンタクトを取った。
「ミナミさん、今、私の夢に…」
「ええ、私もよ。あなたの部屋で本を読んでいたわ」
ミナミの声は、夢の中と同じく少し呆れた調子だった。
数日のうちに、類似の報告が都市のあらゆる場所から上がった。
人々の夢が混ざり合う「共有夢」現象。
専門家は原因不明と発表したが、都市住民は徐々にこの奇妙な状況に適応していった。
他人の秘密が白日の下に晒されることもあったが、同時に孤独感も薄れ、奇妙な連帯感が生まれた。
夢の中での出来事は、現実の会話の格好のネタになった。
やがて、「共有夢」は都市の運営に不可欠なものとなった。
集合意識が無意識のうちに都市全体のエネルギー消費を最適化し、熱暴走の危機を回避していると、シマダ博士が発表した。
夢は、住民の精神状態を安定させ、秩序を保つための、巨大なシステムの一部だったのだ。
ある日、セツナは夢の中で、いつもと違う景色を見た。
都市全体が、透明な巨大なカプセルに包まれている。
そのカプセルは、さらに別の、途方もなく大きな、培養槽のような装置の中に浮かんでいた。
そして、セツナは理解した。
この軌道上都市そのものが、誰かの、あるいは何かの、壮大な「夢」に過ぎないのだと。
自分たちはその夢の一部として、永遠に生きているのだと。
目覚めたセツナは、隣室から聞こえるミナミの穏やかな寝息を聞いた。
そして、ふと疑問に思う。
この「目覚め」もまた、誰かの夢ではないのか?
この壮大な夢を構築した、その存在自身もまた、別の夢を見ているに過ぎないのではないか、と。
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