広大なディスプレイが壁一面を埋め尽くす。
気象制御センターは今日も朝からフル稼働だった。
「太平洋上で熱帯低気圧が発生。風速を20メートルまで落とせ!」
主任のヤマモトが叫ぶ。
彼の顔には、慢性的な疲労が刻まれている。
地球上のあらゆる気象は、このセンターで管理されていた。
豪雨も、干ばつも、台風も、すべてが調整の対象だ。
しかし、自然は常に人類の予測を上回る。
設備は老朽化し、必要な部品は常に不足していた。
「資材課、緊急でドローン部品を北極観測基地へ。至急だ!」
別のオペレーターが叫ぶ。
しかし、返ってくるのは「最短でも6時間」という絶望的な返事だった。
その日、新人のサトウがコーヒーを運んでいた。
彼はふと、目の前の資材置き場を眺める。
次の瞬間、サトウは北極観測基地のドローン格納庫に立っていた。
コーヒーはまだ温かい。
「え?」
彼は驚き、手にしたカップを取り落としそうになる。
サトウの能力はすぐに発覚した。
彼は物体を手に持ったまま、瞬時に移動できるのだ。
センター長のボスは、すぐにその価値を見抜いた。
「素晴らしい! これぞ人類が求めた究極の効率化だ!」
それからの気象制御センターは、劇的に変化した。
サトウは地球の隅々を飛び回り、故障したセンサーを交換し、緊急物資を届けた。
彼の瞬間移動は、時間と距離の概念を破壊した。
世界中の気象災害は激減した。
豪雨は適切な場所へ移され、干ばつ地域にはピンポイントで雨が降った。
地球は「完璧」に管理され始めたのだ。
ヤマモト主任の顔から疲労の色は消え、皆がサトウを英雄と呼んだ。
平和な日々が続いた。
しかし、数ヶ月後、異変が起こる。
完璧な気象制御は、生物多様性を奪い始めたのだ。
特定の植物は育たなくなり、それに伴い昆虫や鳥の数が激減した。
「気候変動はなくなったが、生態系が崩壊寸前だ!」
ボスは頭を抱えた。
「サトウ! 君の能力でこの『予測不能な生態系の変動』を元に戻すんだ!」
ヤマモト主任は顔をしかめる。
「それは彼の専門外でしょう、ボス。」
サトウは困惑した表情を浮かべた。
彼はただ瞬間移動ができるだけで、生態系を理解しているわけではない。
その夜、サトウはセンターから姿を消した。
彼の私物も、何もかもが忽然と消えていた。
サトウの不在は、センターに大きな混乱をもたらした。
気象制御システムは再び不安定になり、豪雨や台風が予測不能に発生する。
しかし、その「予測不能な自然な不安定さ」の中で、地球は再び躍動を始めたのだ。
失われたはずの植物が芽吹き、昆虫が飛び交い、鳥がさえずる。
人々は再び災害の脅威に晒されたが、同時に、自らの手で未来を切り開く新たな可能性を見出した。
サトウの瞬間移動は、完全な管理からの解放であり、地球にとっての「希望」の瞬間移動だったのだ。
完璧な制御は、完璧な死を意味していた。
人類は、不完全な自由の中でしか生きられないことを思い知らされたのである。
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