朝焼けの光が、ビルの谷間に滲む。
スズキはいつもの駅前へと急ぐ。
今日もまた、退屈な一日が始まるのだろう。
横断歩道の手前で信号を待つ。
向こう側に見える、いつものオフィスビル。
その手前の白線が、朝日を浴びてやけにまぶしく光っていた。
「ピィー!」
青信号に変わる。
スズキは他の通行人と共に、足を踏み出した。
その瞬間、足元の白線が、水面に石を投げ入れたように波紋を広げた。
まばゆい光の粒子が立ち上り、目の前の空間が裂ける。
そこには、三つの異なる「道」が幻影のように現れた。
右の道は、黄金の光に満ちていた。
豪華な屋敷、高級車、そして輝く宝飾品が幻視される。
富と栄光が約束された、夢のような人生。
左の道は、深緑の安らぎに包まれていた。
穏やかな田園風景、静かな書斎、そして古びた地球儀。
知と探求に捧げられた、満ち足りた人生。
中央の道は、どこまでも続く灰色だった。
そこには何も見えない。
いつものオフィスビルが、ただ漠然と佇むのみ。
スズキが歩き慣れた、平凡な道だ。
他の通行人たちは、何も見えていないかのように、それぞれの道をまっすぐ進んでいく。
彼らは躊躇なく、その足取りは迷いなく、まるで定められた道を歩むかのように。
ある者は黄金の道へ、ある者は深緑の道へ。
皆がそれぞれの輝かしい選択肢へと吸い込まれていく。
スズキは立ち止まった。
彼の心臓は、この非日常の光景に激しく脈打つ。
どちらを選ぶべきか。
この一歩が、運命を分けるのだ。
だが、背後からは「早く渡れ!」という車のクラクションが響く。
時間がない。
選択を迫られている。
スズキは、目を閉じた。
そして、足を踏み出した。
彼が選んだのは、中央の、何も見えない灰色の一本道だった。
横断歩道を渡り終えると、幻影は霧のように消え去った。
いつもの景色が戻る。
スズキは再び、日常の喧騒の中に取り残された。
会社に着き、自分の席に座る。
すると、隣のデスクのヤマダが、まるで眩い光を放つかのように、満面の笑みで言った。
「スズキさん、驚かないでくださいよ。私、実は昨日から、とんでもない発見をしてしまいましてね! これで人類の未来は変わりますよ!」
さらに向こうのサトウは、机の上に金の延べ棒を積んで、高らかに笑っていた。
「ハハハ! もう会社なんて辞めてやる! 一生遊んで暮らせるぜ!」
スズキは周囲を見渡す。
同僚たちの顔は、皆、それぞれの選択肢の輝きを映し出していた。
彼らは迷うことなく、自分にとっての「最高の道」を選び取っていたのだ。
スズキだけが、いつも通りの日常に閉じ込められた。
なぜ自分だけが。
彼はふと、あの横断歩道の「選択肢」の中に、もう一つの選択肢があったことを思い出した。
それは、横断歩道自体から一歩も動かずに、永遠にそこに立ち尽くす、という選択。
彼が選んだ「何もない道」は、すべての選択肢を拒否し、ただの「観察者」となるための、唯一の道だったのだ。
#ショートショート#毎日投稿#AI#日常系#朝
コメント