夕暮れが迫る中、KとLは「終末管理センター」の待合室にいた。
窓の外はオレンジ色に染まり、静かな一日が終わろうとしていた。
二人は互いの顔を見つめた。
そこには、長年の苦労から解放される安堵と、かすかな不安が混じっていた。
M氏がドアを開けた。
白衣を着た彼の表情は常に穏やかだった。
「さあ、お二方、準備はよろしいでしょうか」
Kは小さく頷いた。
Lは深呼吸をした。
今日で、全てが終わる。
彼らは「締めくくりの量子空間」へ向かう最終手続きに来ていた。
案内された部屋は、無機質な白で統一されていた。
中央には二つのポッドが並び、淡い光を放っている。
M氏が説明を始めた。
「このシステムは、皆様の人生の記憶と感情を、純粋な量子データとして保存します」
「喜びも、悲しみも、苦しみも、全てが客観的な情報へと変換されるのです」
「これにより、皆様の意識は苦痛から解放され、平静な状態へと移行します」
「ご家族は、いつでもそのデータにアクセスし、皆様の生きた証を確認できます」
M氏の声は、まるで自動音声のように感情がなかった。
KはLの手を握った。
「これで、もう何も感じなくて済む」
Lも頷いた。
二人の顔に、初めて本当の安堵の色が浮かんだ。
長い人生の重荷が、ようやく降りるのだ。
彼らはポッドに横たわった。
全身が包み込まれる。
M氏がパネルを操作した。
「システム起動。感情データ化プロセスを開始します」
淡い光が強さを増し、KとLの体がゆっくりと霧散していくような感覚に襲われた。
意識が遠のき、過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
喜びの瞬間、愛しい人の笑顔、そして深く刻まれた絶望。
それらの全てが、一つ一つ数値化され、光の粒子となってポッドの周囲を漂い始めた。
M氏は、隣のサブモニターに目をやった。
そこには、KとLから抽出された感情データのグラフが表示されている。
「素晴らしい。今日のデータも極めて純度が高い」
M氏は通信機を手に取った。
「オペレーターMより報告。今回の感情抽出作業は順調に完了しました」
「特にK氏の『絶望』の数値、そしてL氏の『諦念』の数値は予想を上回る高品質です」
「次世代AIの倫理モジュールに組み込む素材として、最適なものとなるでしょう」
彼はモニターを指差した。
「これでまた、新しいAIに人間性を教えることができます」
KとLの「感情データ」は、彼らが「解放」されたと信じた意識の彼方で、まだ見ぬ機械生命体の学習材料として消費されるのだった。
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