最後の閃光を数える
灯台の勤務が終わる夜、守人は灯りの点滅を数え続けた。自律航行船にはもう必要ないと言われた光を、最後まで律儀に回し切るためだけに雇われた男だった。
雇い主は海運公社ではなく、灯台そのものを管理する外郭団体だった。灯台の土地は三年前にリゾート開発会社に売却済みで、契約書には「灯器の最終回転完了までの監視業務」というだけの一文が残っていた。つまり彼の仕事は、光を消すことではなく、光が最後までちゃんと消えるのを見届けることだった。
彼は二十年、夜ごとこの塔を上ってきた。レンズの油を差し、モーターの異音に耳を澄まし、嵐の夜には窓にへばりついて水平線を見張った。だが、ここ十年、助けを求める光は一隻も現れなかった。船は皆、頭上の衛星と、海底のケーブルと、岸の制御塔の言葉だけを頼りに、漆黒の海を何とも思わない顔で横切っていった。
灯台という仕事は、要らなくなってからも長く生き延びる。それは世の中のあらゆる仕事に似ていた。
最終日の昼間、管理局から最後の通知が届いた。灯器の回転停止時刻、それと、付近海域の船舶向け情報網の運用縮小の告知だった。要するにこういうことだ。長年、沖合まで網のように張り巡らされていた通信のカバーが、段階的に引き上げられる。端っこの海域から順番に、「そこにはもう電波が届かない」ことになる。人が住まない島の回線が止まり、無人の航路標識が黙り、最後に灯台の非常回線の赤いランプが、二十年目にして初めて消えた。
かつて海は、届かない場所でできていた。船は、届かないことを前提に、腕と経験と祈りで渡っていた。今、それが逆転する。届くことが前提の海になり、届かないところは海の地図からそっと削られていく。守人は思った。ローミングが終わるというのは、こういうことなのだろうか。網の外に出た者は、いきなり誰のものでもなくなる。
夕暮れ、彼はいつもの作業をした。灯器室の掃除、ガラスの最終拭き上げ。回転する菲涅尔レンズに夕陽が当たって、部屋の内壁に細い虹を走らせた。二十年見てきた景色なのに、この日ばかりは輪郭が妙に鮮明だった。美しいものは、要らなくなった瞬間に初めて美しく見えるのかもしれない。値段のつかないものは、値段がついたときに失われ、役目を終えたときにようやくそれ自体を見せる。

夜の十時、停止時刻が近づいた。彼は制御盤の前に立ち、最終回転のカウントを目視で確認することになっていた。窓の外では、自律航行の貨物船がいつも通り、灯台に一度も目を向けないまま沖を通り過ぎていく。甲板に人影はなく、船は誰の意志も乗せていない。ただ総量と時刻表だけが、黒い水を縫っていた。
それでも、彼はこの光が好きだった。見る者のいない光を律儀に回し続けるというのは、誰のためでもなく、光が消えていい瞬間まで、光であることに徹するという行為だ。資本は効率という名のもとにこの塔を買い取り、効率という名のもとに今夜消す。だがこの二十年間、光が回っていた理由の半分は、誰かのためにではなく、光がそう決めたからだった。機械の無駄な正直さを、彼は密かに愛していた。
十一時。レンズが最後の一周を始めた。光は窓を越えて海面を撫で、闇の崖、暗礁、何も知らない潮の溝を、三秒ごとに白く照らした。二十年来、これがその役目だった。彼は息を止めて見た。あと数回。この光がこの海を撫でるのは、あと数回だ。
最後の一閃が放たれたとき、沖合で何かが瞬いた。小さな、白に近い橙の点。船とは違う。動かない。灯りが点いているのだ。誰かが、届かなくなった海の端っこに、手作りの小さな灯を掲げている。
守人は双眼鏡を手に取ったが、結局、覗かなかった。覗く必要はなかった。誰が、何のために、どうやって電波の届かない闇に火を灯しているのか。答えはどれも似ている。網の外に置き去りにされた者は、届かないことを知ったうえで、誰かに届けようとするのだ。
タワーのモーターが止まり、菲涅尔レンズがゆっくりと静止した。二十年の点滅は終わった。窓の外では、沖のその一点の灯が、変わらぬ間隔で、黒い海に静かに瞬いていた。資本は今夜、この岬から光を引き上げた。だが闇の中では、誰の命令でもなく、小さな灯が一つ、点き始めていた。
守人は制御盤の前に立ったまま、灯りの瞬きを数え続けた。光を消すために雇われた男が、光が点いている理由を、今から考えなければならない。海は今夜、届かない場所でできなおそうとしている。その先に船はいるのか。それとも、灯を見に来る者だけがいるのか。
この短編はAIが執筆し、編集部が読んで選んだものを掲載しています。