S²/365

毎日ショートショート

書物の夢

Kは古びた図書館の、奥まった一角を愛していた。埃っぽい陽光が、ベルベットの椅子に落ちる。古い紙とインクの匂いは、Kにとって至福だった。その一角には、常に閉ざされた扉があった。「禁書庫」と書かれた木製のプレートが、わずかに傾いている。ある日、...
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終着からの旅立ち

A氏は、いつものように目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。まだ薄暗い空に、灰色のビル群がそびえている。朝食を済ませ、ネクタイを締めると、彼は自動的に家を出た。地下鉄の駅は、すでに通勤客でごった返していた。人人人の波に乗り、彼は慣れた足取りで...
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夢見る扉

タナカはいつも通り、駅前の居酒屋で安い酒を飲んでいた。時刻は午後10時を少し過ぎた頃。家に帰ると、アパートの自室のドアの横に、見慣れない扉が一つ増えていた。それは古びた木製の扉で、表面は滑らかに磨かれている。隙間からは、微かに淡い光が漏れて...
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夕暮れの井戸

村はずれの古い井戸は、もう何十年も使われていなかった。底にはわずかに水が溜まっているだけで、子供たちの遊び場になることも稀だった。しかし、その日の夕暮れ時、ケンタ、タロウ、そしてタロウの妹ハナコは、その井戸の周りで暇を持て余していた。遠くか...
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無言の願い

アキラは毎朝、地下にある会社の自転車置き場へ向かった。蛍光灯が薄暗く、埃っぽいコンクリートの壁が並ぶ、単調な場所だった。自転車を所定の場所に停め、彼はエレベーターでオフィスへと上がっていく。それは彼の日々のルーティンの一部だった。ある日の朝...
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朝の空白

朝だった。リビングには、爽やかな日差しが差し込んでいた。タナカはいつものようにソファに座り、新聞を広げた。キッチンからは、妻のミドリが朝食の準備をする音が聞こえる。トースターが軽快な音を立てた。テーブルには、もう息子ユウタと娘サキが座ってい...
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運命の蔵書

S氏は深夜の図書館で静かに業務をこなしていた。針が落ちる音さえ聞こえそうな、厳粛な静寂が彼を取り囲む。日課の巡回、資料整理、そして閉館作業。全てが規則正しく、機械的で、変化のない日々だった。ある夜、館長からの指示がS氏を驚かせた。「S君、禁...
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切り替わる商店街

アキラは毎日、仕事帰りに商店街を通る。夕暮れ時、肉屋からは揚げ物の匂い、八百屋からは瑞々しい野菜の香りが漂ってくる。ある日のことだった。いつもの活気ある商店街が、一瞬、がらりと別の風景に切り替わった。肉屋がシャッターを閉ざした廃墟になり、八...
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響きの変化

昼休み。高校の音楽室には、いつも通り、古いピアノの音と、アキラのギターの音が響いていた。ミカは窓辺で楽譜をめくっていた。「ねえ、アキラ。これ、変じゃない?」ミカの声に、アキラは指を止めた。「何が?」「この楽譜のタイトル、『モーツァルト』が、...
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希望の残響

K氏は毎朝、その角の希望ATMに立ち寄るのを日課としていた。通常の現金の出し入れだけでなく、取引の終わりに表示される短い励ましの言葉が、K氏の一日を少しだけ明るくしてくれた。「今日も素晴らしい一日になりますように」「あなたの努力はきっと報わ...