観測者と被験者

毎日ショートショート

KとSは、肝試しのため、廃れた古い神社へと向かった。

深夜の空は、重く、星一つ見えない。

街の喧騒は、すでに遠い。

石段を踏みしめる足音だけが、闇に吸い込まれていく。

 

苔むした鳥居をくぐると、ひんやりとした空気が肌を刺した。

境内は、しんと静まり返っていた。

風の音すら聞こえない。

ただ、どこからか、微かな機械音が聞こえるような気がした。

耳を澄ますと、その音は規則正しく、カチ、カチ、と鳴っていた。

 

社の裏手に回ると、奇妙な光景が目に飛び込んできた。

老人が、地面に倒れている。

着古した着物をまとった痩せた体は、ぴくりとも動かない。

傍らには、古びた木製の箱が光を放っていた。

その箱には、いくつもの配線が絡みつき、複雑な計器が埋め込まれている。

Kが、恐る恐る声をかけた。「おい、大丈夫か?」

返事はない。

Sが、顔色を変えて言った。「まさか、死んでるんじゃ……」

Kは、老人の脈を確かめようと、ゆっくりと近づいた。

その指先が、老人の手首に触れた、その瞬間だった。

 

老人の体が、まるで早送りのビデオのように、急に起き上がった。

そして、再び、地面に勢いよく倒れ伏した。

カチッ、という金属音が、小さく響いた。

二人は目を見開いた。

老人は、再び起き上がり、倒れる。

何度も、何度も、全く同じ動作を繰り返す。

それは、寸分違わぬ動きで、寸分違わぬタイミングだった。

まるで、壊れた人形劇のようだった。

あるいは、特定の瞬間を延々と再生する映写機のようにも見えた。

 

Kは、老人の傍らにあった装置に目をやった。

それは、古びた木製の箱で、数個のボタンと、小さな表示窓がついていた。

表示窓には、緑色の数字が点滅している。

「本日:1,342,789回」

その数字は、彼らが目撃している間にも、カチ、カチ、と増えていった。

Sが震える声で呟いた。「これは、一体、何なんだ?」

Kは、装置の表面を覆う埃を指で拭った。

そこには、「継続観測装置M-7」と彫られていた。

彼は、好奇心に駆られて、装置の赤いボタンに触れようとした。

 

その時だった。

装置から、無機質な合成音声が流れてきた。

「実験協力者各位。本日の観測データ収集は、これにて終了いたしました。」

声は、さらに続いた。「ご協力、誠にありがとうございました。次回の実験開始まで、しばしお待ちください。」

二人は、顔を見合わせた。

どこからか、乾いた拍手の音が聞こえる。

それは、とても、遠くから聞こえるような音だった。

まるで、見えない壁の向こうから、聞こえてくるようだった。

 

同時に、足元の地面が、ゆっくりと揺れ始めた。

神社の境内が、視界の中で歪む。

周囲の景色が、ぐにゃりと融解していくような感覚に襲われた。

Kは、平衡感覚を失い、そのまま地面に倒れ込む。

その瞬間、彼の視界に、自分に近づいてくるSの姿が映った。

そして、Sの口から、聞き覚えのある台詞が発せられた。

「おい、大丈夫か?」

Kの視界は、再び、ゆっくりと揺らぎ始めた。

まるで、何かが巻き戻されるかのように。

彼は、自分たちが、そのループの一部となっていたことに、ようやく気づいた。

永遠に繰り返される、誰かの観察のため。

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