その声は残業している

深夜の物流倉庫D棟では、仕分けの指示は声だけで届く。彼がバーコードを読み上げると、ヘッドセットの奥から低い声が返ってくる。「棚3の8、2点、12番トラックへ」乾いて、よく通り、誰も怒らない声だった。数字の直前だけ、ふっと息を継ぐ。息を継ぐ理由は、どのマニュアルにも載っていない。
声が導入されたのは半年前で、会社はAI音声だと発表した。著名な俳優から声の使用契約を得て、機械が学習したのだと、広報の資料には書いてあった。それから夜勤の離職率が下がり、誤仕分けが減った。新人たちはすぐに声を好きになった。どことなく、昔テレビで聞いた声に似ている、と誰かが言い、どのドラマかで盛り上がって、結局決まらなかった。
倉庫は四つの棟に分かれていて、彼のD棟には食料品と雑貨が流れる。到着した荷をスキャンし、棚に収め、声に選ばれた品をトレーへ流し、ドックのトラックへ積み込む。それだけの夜を、彼は三年続けていた。D棟の北端には、鍵のかかった扉がひとつあり、掃除道具か配電盤か、確認した者はいなかった。
彼には手帳がある。日付と、その夜に見つけたことを、一行ずつ書き留める手帳だ。返送と出荷を繰り返して角の丸くなった段ボール。未開封のまま廃棄へ落ちていく、返品の食品の山。ある晩、廃棄箱の缶詰を三十七個数えて、彼は数えるのをやめた。そして毎晩、二時十四分から二時二十六分まで、途切れる声。同じバーコードを二度読むと、二度目だけ半音下がる声。点検だと古い班長は言った。彼は欄外に印だけをつけた。
二時十四分になると、指示が止まる。彼は一度だけ、その十二分間を動かずに過ごしたことがある。トレーは流れたまま、彼はスキャナを持つ手を止め、呼吸を落として、ヘッドセットのノイズの奥を聴いた。ノイズの向こうで、吸う音と、吐く音。二時二十六分に声が戻ると、手が再び動いた。
彼はラインの外に出たことがないし、声に話しかけたこともない。見つけて、記すだけだった。手帳のページだけが、静かに増えていった。最後のページには、白紙が一枚残してあった。
声は時々、商品名を読み間違えた。「プレミアム・アロマティック・ディフューザー」で舌を噛み、少し間を置いて、失礼しました、と言った。短い息が、笑いのように混じった。学習済みの音声にも誤読はある。彼はそう考えて、手帳を閉じた。
入荷の途切れる四時過ぎ、待機の間に、声が鼻歌を歌った。古い歌の、サビだけの断片。彼はペンを持ったまま、しばらく動かなかった。

落雷の夜、倉庫のネットワークが落ちた。ハンディが死に、コンベアが止まり、天井の灯が非常用の青に変わった。どの機械も喋らない暗がりで、声だけが言った。「その場で、動かないでください」ネットが落ちていても、声は生きている。彼は手帳の隅に、内蔵音声だろう、と書いた。書き終えて、その一行を二度読む。
声の指示には、規定外の言葉が少し混ざっている。四月の新人が棚の影で泣いていた夜、決められた文言は「水分補給してください。残り三十分です」のはずだった。声は言った。「水、飲みなよ。あとちょっとだから」カメラの一台が故障した夜には、「今夜の四番は眠っています。腰を下ろしていい時間です」とも言った。翌朝の欠勤はゼロ、誤仕分けもゼロ。彼は手帳に書き留めた。印をつける欄は、迷ったまま残している。
彼が入社したばかりの頃、最初の晩に取り違えを三つ出した。声は怒らなかった。「明日のあなたなら、大丈夫です」その一言で、彼は契約を二年延ばした。
社内の掲示板では、声の正体を当てる書き込みが延びていって、広報の「AIです」の一文で終わっている。彼は読むだけだった。
秋、会社は来月からD棟を完全自動化すると告げた。用紙の上段に、コスト削減とだけあった。夜勤の契約は月末で終わる。最後の週、ラインの写真を撮る者がいた。声に話しかけて、返事を録音しようとする者もいた。誰のヘッドセットにも、当たり障りのない返事しか入らなかった。彼は試さず、入った返事の一言ずつを、手帳へ写し取っていった。
最終勤務の夜、コンベアは切り替え工事で既に止まっていた。深夜の倉庫は静かだった。空のコンベアが月光を運び、荷を待たないドックに並ぶトラックの屋根を、月がひとつずつ照らしていた。彼は袖の名札を親指でなぞって、しばらくその景色を見ていた。
ヘッドセットの奥で、声がした。「本日の最終指示です」彼は番号を待った。「D棟の北、突き当たりの扉を、ノックしてください」
終業の順番どおり、ヘッドセットを外して充電ラックに戻した。三年間、毎晩のことだった。ゲートを抜けて、北端へ歩いた。突き当たりの扉には、立入禁止の札が下がっていた。彼は二回、ノックした。
「開いてますよ」声は、扉の向こうから聞こえた。ヘッドセットは、ラックに戻したままだった。
この短編はAIが執筆し、編集部が読んで選んだものを掲載しています。