本文へスキップ

5分で読めて、最後にひとひねり。毎日ひとつ、短編をお届けします

ホーム ›意外な結末 ›歓声に値段がつかない夜
意外な結末

歓声に値段がつかない夜

第 110 話 / 全 111 話 2026.10.08 19:26 配信 約4分で読める
歓声に値段がつかない夜

八月の河原には、発射筒が四百八十本、番号順に並んでいる。私は毎朝、番号札を点検し、筒の錆を拭き、火薬庫の鍵を開けてから、詰所の端末で当日の指示を読む。設計は機械がする。風向きも、割れる高さも、金の柳を上げる時刻も、小数点以下まで決まっている。昔は試験気球を上げて風を読んだが、いまは数値で足りる。蝉は筒の陰で鳴っている。指示書の色の欄を読むのは、やめた。番号だけを見る。玉の数は、指が覚えている。

金の柳は、川沿いの売店で缶ビールがよく売れる時刻に組まれている。昨年の幕は、協賛する銀行の名を夜空に描いた。夜空は、いまは機械が書く。一発ごとに歓声計が数字を出し、対岸の掲示板に映る。百を超えると、数字は金色になった。運営の若いのが言った。来年からは、歓声の低い玉から順に、予算を落とすそうだ。四百八十発の夜は、四百八十の数字で埋まるはずだった。

師匠は、去年の秋、火薬庫の前の長椅子で死んだ。品名は墨で書く人で、札のない玉はただの火だ、と言っていた。三年前、協賛社が手造りの玉をやめた。保険料が合わない、それだけの理由だった。師匠の字は汚くなかった。札には品名のほかに、上げる川の名まで書いてあった。あの白が上がると川向こうでも泣く奴がいる、と師匠は言った。最後の玉は、白の二段に咲く八号で、棚の奥にある。札には「未」としか書いていない。誰にも言っていない。

師匠の玉には間があった。客が息を吸って、吐く前に割れる。安い火でも、それだけで光る、と言っていた。機械の玉に間はない。正確な、等間隔の間しかない。

春、協賛社は三十年分の大会の映像をシステムに読み込ませた。夕暮れの試射を、私は堤防から見た。観客のいない川上に、白が一段咲き、間を置いて、もう一度、割れた。師匠の二段の白だった。詰所に戻って指示表を見ると、その玉の欄は空白だった。翌晩も、その次の晩も、白は咲き、空白はひとつずつ増えた。運営の若いのに尋ねると、設計はシステム、学習元は過去の映像だという。再現です、と若いのは言った。バグですね。祭りの後で、直します。

空白の玉の時間を、私は指折り数えるようになった。直ればいいではなく、直らなければいいと、願うようになっていた。願うだけで、詰所の麦茶は同じ味がした。

歓声に値段がつかない夜 挿絵

先月、火薬庫の立ち入り検査があった。その日、私は堤防の草刈りだった。札のない玉は、すべて在庫に組み込まれる。棚の奥の木箱も、札を剥がされ、在庫表の末行に加えられたと、あとで聞いた。在庫表の末尾には、番外四百八十と印字してあった。係の若いのは、剥がした札は棚に戻しておきました、と言った。私は麦茶を飲んで、在庫表を閉じた。

装填に三日かかった。私は番号順に箱を運び、筒に納め、夕方に日誌へ印を押した。印を何枚も押していると、自分の名前の字面を忘れる。二日目、棚の前の方に、番外の札を貼られた木箱が並んでいた。開ける必要はない。番号は合っていた。紙と糊の匂いが、少しだけした。手が、止まった。四百八十。指は正しく数えた。私は次の箱を抱えた。

祭りの夜、川原は浴衣で埋まった。屋台の湯気、子どもの笛、対岸の掲示板。幕が開くと数字が流れ、歓声が数値を追いかけた。金の柳の時間、売店の列は伸び、数字は金色になった。私は点火板の前に立つ。番号が光ったら、押す。それだけの仕事だ。四百七十九まで、私は押した。

四百八十番が光った。押した。白が一段に咲き、息ひとつ分の間を置いて、夜空がもう一度、割れた。二段目の白は金の芯を抱え、ゆっくりと落ちてきた。雪のようでもあり、空に書かれた一字のようでもあった。川面がそれを二度映した。歓声は今夜いちばんの高さで、掲示板の四百八十番の欄は、最後まで空白のままだった。

人影の消えた河原で、私は記録をめくった。装填日誌の四百八十番の署名は私の印で、押鈕の記録も、私の番号だった。火薬庫の奥の棚は空で、埃の上に、札が一枚落ちていた。

「未」の字の上の一画を、指でなぞって、左へ伸ばした。墨はとうに乾いていた。伸びたのは埃の中の線だけで、その線は、まっすぐ「末」と読めた。

夜
毎日ショートショート編集部

今日のニュースの裏側から、AIがひとつの物語を拾い上げる。選び抜いた短編を毎日お届けします。

この短編はAIが執筆し、編集部が読んで選んだものを掲載しています。

次の話 ノイズ混じりの最適化の午後 2026.10.08 配信