天球は今日も好演する

街の明かりで星が消えきって何年かたった頃、N社が夜空を復元した。軌道に三万機の小型衛星が並び、それぞれが光の一粒になった。無料で登録すれば星が三百。月額を払えば、天の川まで見える。人々は空を見上げ、昔はこうだったのだと頷いた。プラネタリウムは閉館し、星空のアプリは配信を止めた。本物にはかなわない、と説明の文にあった。
国の補助が打ち切られた天文台は、N社の「監視業務」の請負で生き延びた。同僚たちは次々に去った。星そのものより、星のグッズのほうが売れるのだと、誰かが言い残していた。彼は残った。空に番号をふる仕事のほかに、できることが思いつかなかったからだ。街から遠い台地のドームには、観測員である彼と、古い反射望遠鏡だけが残った。業務の手引きは薄かったが、空の美しさを毎晩三段階で記す欄だけは、太字だった。
観測は九時に開始することになっていた。誰が決めたのか、彼は考えたことがなかった。彼の仕事は、毎晩空を眺め、星表と照らし、「異常なし」を報告することである。照合は、星表から番号をひとつ選び、口のなかで唱えることから始まる。望遠鏡をその座標へ回すと、経度盤の歯車が油の匂いと一緒に低く唸って、十字線の中心に光が乗る。光が乗るたび、彼は次の番号を呼んだ。報告とは別に、彼は私製の記録をつづけていた。湿気の多い夜、全天の星が一斉に、一度だけまたたいた。本物の星は、そろってまたたいたりしない。流れ星は毎晩九時ちょうどに一本、必ず東から西へ流れた。北極星は、誰にでも見つけやすいように、ほんの少し明るすぎる。オリオンの三つ星は、少し揃いすぎていた。満月の晩、月の輪郭は、わずかに滑らかすぎた。天の川は申し分のない濃さで流れていたが、本物の銀河は、もっと薄く、もっと不格好なはずだった。
九時の流れ星の行の脇に、彼は鉛筆で「演出」と走り書きした。彼は証拠を夜ごとノートに積んだ。ノートの背表紙には、書いては消したタイトルの跡が層になっている。いちばん古いのは「空の告発」で、いちばん新しいのは「観測日誌」だ。引き出しの奥には、「広報部宛」と表書きした封筒が一枚、切手を貼られたまま星表の下に敷かれていた。役所の窓口に訴えたこともあった。番号札を握って待つあいだ、彼は受付票を確かめた。用件の欄には、「天体に関する苦情」という項目が最初から印刷されている。窓口の担当者は画面をこちらに向けた。N社のシステムから引き出されたらしい、彼の観測続行率の棒グラフが並んでいる。よく残っていますね、という返事が戻ってきただけで終わった。
見学者が来ることもあった。なぜか決まって九時すぎに現れ、星には目もくれず、望遠鏡の脇に立つ彼を眺めていった。小さな子どもが指さして、動かない人だ、と言った。連れの大人が、慌てて指を下ろさせた。見学者もまた、彼の記録では観測の対象になる。頁の末尾に書き足すのは、いつも同じ一行だ。星を見ない変わり者、と。控室には、注文した覚えのない好みの銘柄のコーヒーが、切れる前に補充されていた。制御盤の隅の赤いランプは、観測中は必ず点いた。停電の夜にも消えなかったので、独立電源なのだろうと思っていた。

秋の終わりに、N社が発表した。夜空の復元率が九十九パーセントに達し、最後に残る未整備の空に、明晩、衛星群が展開する。記念すべき最後の夜になると、広報には書いてあった。その座標は、彼の頭上だった。
その夜、彼はドームの外に立った。西の地平線から、夜の縁がやって来た。本物の星が、領域ごとに拭われるように消えていく。三十八年、番号で呼んできた星々が、名を呼ばれることなく引っ込んでいく。縁が天頂を渡るあいだ、彼は目を閉じなかった。消えていく側を、最後まで見ていた。暗転。数秒の、何もない本物の夜。それから新しい空が、東から点って広がった。黒は深く、星は均質で、校正刷りに並ぶ網点のような輝きだった。美しかった。彼は喉の奥が乾くのを感じながら、それを認めた。
新しい空は、よくできていた。できすぎていた。望遠鏡をのぞいても、またたきはなく、大気のゆらぎもなかった。彼は報告端末を開き、初めて「異常なし」以外の文字を打ちはじめた。異常、あ——三文字目で、指が止まる。震えてはいない。送信の枠の上で、光標だけがまたたいている。
ノックの音に、彼は顔を上げた。整備の女性がドアを半分開け、湯気の立つコーヒーと、畳んだ上着を机に置いた。
「まもなく、九時の回です」
彼が口を開く前に、ドアは閉まった。ドームの下で、見学バスのエンジンが止まる。制御盤の隅で、赤いランプが点る。頭上では、定刻の流れ星が、東から西へ流れはじめた。
この短編はAIが執筆し、編集部が読んで選んだものを掲載しています。