タナカはいつもの通勤電車に揺られていた。
今日の朝刊は昨日の失敗談で埋め尽くされているかのようだった。
締め切りに間に合わなかった企画書。
上司からの冷たい視線。
タナカは深い溜息をついた。
街の中心にそびえる時計塔が、今日はやけに眩しく見えた。
普段は古めかしい石造りの塔だが、今朝はまるで内側から光を放っているかのようだ。
タナカは好奇心に引かれ、時計塔へと向かった。
広場には人影もまばらで、時計塔の正面には一人の男が立っていた。
黒いスーツに身を包み、無表情でタナカを見つめている。
男は何も言わず、塔の扉を開いた。
タナカは吸い込まれるように中へ入った。
内部は、予想に反して機械で埋め尽くされていた。
歯車が軋み、メーターの針が小刻みに震えている。
「ようこそ、選ばれし者。」
男の声は機械的で、どこか響きがなかった。
「ここは過去をやり直すための施設です。」
タナカは驚きもせず、ただ状況を受け入れていた。
過去をやり直す。その言葉は甘美な響きを持っていた。
彼は一週間前の企画書提出の失敗を思い出した。
あの時、別の選択をしていれば。
「どの過去をやり直したいのですか?」
男は壁に映し出された無数の出来事を指した。
それらはタナカの人生の記録だった。
タナカは迷わず、一週間前の出来事を選択した。
「あの企画書です。提出直前で内容を差し替える機会があれば……」
男は無言で首肯した。
「しかし、一つ忠告があります。」
男の声はさらに平坦になった。
「過去をやり直した結果は、必ずしもあなたが望んだ通りになるとは限りません。
そして、この機会は、一度きりです。」
タナカは頷いた。
後悔のない人生などありえない。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
彼は男が示した赤いボタンを押した。
世界が眩い光に包まれた。
意識が遠のき、再び目を開くと、タナカは会社のデスクに座っていた。
「タナカさん、お疲れ様です。」
同僚が笑顔で話しかけてくる。
「部長も企画、絶賛していましたよ。」
周囲の風景は変わらない。
人々も昨日と変わらない。
タナカは確かに過去をやり直したのだ。
しかし、ふと自分の名刺が目に入った。
そこには「ヤマダ」という見慣れない名前が書かれていた。
タナカは混乱した。
自分の指を見た。
見覚えのない、ごく普通の男の指だ。
窓の外、眩しい光を放つ時計塔が見えた。
タナカはそっと立ち上がり、鏡に向かった。
そこに映っていたのは、彼の知るタナカの顔ではなかった。
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