量子の中の静寂

毎日ショートショート

夜が深まり、宇宙ステーション「ホライゾン」は

規則正しい機械の唸りを響かせていた。

 

ドクター・ケイは、量子制御室のモニターを眺めていた。

無限に続くような数字の羅列。

相棒のビーは、隣の仮眠ポッドで静かに寝息を立てている。

 

この単調な時間が、ケイには心地よかった。

地球から遠く離れた漆黒の宇宙で、

たった二人きりの世界。

 

突然、高音の警告音が鳴り響いた。

「異常反応。量子転送チャンバー、内部で物質生成を検知」

合成音声が、冷たく告げる。

 

ケイは飛び起き、チャンバーの観察窓に顔を近づけた。

 

無いはずの物体が、そこに存在していた。

 

小さな、手のひらサイズの観葉植物。

緑の葉が、培養液の薄明かりに照らされている。

 

「ビー、起きろ!」

 

ビーは目をこすりながら起き上がり、状況を把握すると、すぐに分析装置を起動した。

 

「外部からのデータはなし。内部からの生成? まさか」

 

分析の結果は、ケイの常識を覆すものだった。

チャンバー内に物質が「突然出現」したと示している。

 

再び警告音が鳴った。

今度は、古びた地球の新聞紙が、ふわりと現れた。

日付は数年前。

 

そのあとも、次々と奇妙な品々がチャンバー内に物質化されていく。

子供向けの玩具、使い込まれた調理器具、色褪せた衣服。

まるで、誰かの生活用品を無作為に集めたような、脈絡のない展示だった。

 

ビーが、ある物を指差した。

 

「あれ……僕のマグカップだ」

 

チャンバーの中には、ビーが数時間前まで使っていた、

取っ手の欠けたマグカップが、飲みかけのコーヒーごと置かれていた。

 

ビーは自分のデスクに駆け戻った。

しかし、彼のマグカップはそこにはない。

 

ケイは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

チャンバーを凝視した。

 

次の瞬間、新たな物質が現れる。

それは、ケイが昨日から着ていた宇宙服の、

左肩の部分だった。

 

彼は自分の左肩を見た。

宇宙服は完全な形でそこにある。

 

二人は、互いの顔を見つめ合った。

チャンバーの中は、今や彼らの私物で溢れかえっていた。

 

ケイはゆっくりとチャンバーの透明な壁に手を触れた。

 

その瞬間、ガラス越しに、

自分そっくりの人間が、

驚愕の表情でこちらを見つめ返しているのが見えた。

 

その場所は、

まさに彼らが今いる、

この静かな宇宙ステーション「ホライゾン」の量子制御室だった。

 

彼らは、

どこか別の場所で、

誰かが起動した量子チャンバーの中に、

突然物質化された「何か」だった。

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