深夜、ジイさんはいつものように古い石橋へ向かった。
月の光が川面に細く伸び、水面に揺れる。
この橋は、古くからそこにあり、幾多の季節を越えてきた。
多くの人々が渡り、そして歴史の彼方へ消えていった場所だ。
ジイさんは橋の中央に立ち、じっと川の流れを見つめた。
特別な理由はない。
ただ、そこにいるだけだった。
まるで、橋そのものと一体になるように。
その夜も同じだった。
と、声がした。
どこからともなく響き、しかし確かに彼の耳に届く声だった。
「汝、永遠を望むか?」
ジイさんは振り返らなかった。
川面から目を離さず、淡々と答えた。
「望む、とでも言えばよいのか。別に、望んだことはないが」
「望まずとも与えよう」
声が響き、体に奇妙な感覚が走った。
熱いような、冷たいような電流が全身を駆け巡った。
痛みはなかった。ただ、体が静かに、完全に満たされる感覚だった。
その日から、ジイさんは変わった。
正確には、変わらない体になった。
髪の色も、肌の皺も、ぴたりと時を止めた。
周囲の人々は老い、病み、やがて彼の視界から消えていった。
ジイさんはただ、彼らを見送った。
最初の数十年は、まだかすかな興味があった。
人類の進歩、科学の発展、世界の変遷。
全ての動きを静かに観察し、達観した。
しかし、やがてそれは単なる反復運動にすぎなくなった。
新しいものは生まれず、古いものが形を変えて現れるだけ。
歴史は螺旋を描き、同じ過ちを繰り返し、同じ成功を享受する。
彼にとって、それは永遠に続く、色褪せた芝居だった。
彼は再び橋に戻った。
何十年、何百年経っただろうか。
橋は相変わらずそこにあった。
自分と同じように、微動だにせず、ただ存在し続けた。
ある夜、橋の袂で若い男がスマートフォンを操作していた。
男はふと顔を上げ、橋を見上げて首を傾げた。
「この橋、なんか変だよな。いつ見ても全く同じに見えるんだ。全然古びないし」
ジイさんは少し離れた場所で、静かに立っていた。
男は彼に気づき、話しかけてきた。
「おい、じいさん。こんな夜中に何してるんだ? 毎日見かけるけど、変な人だな」
ジイさんは目を閉じ、ゆっくりと開いた。
川面を見つめ、静かに答えた。
「待っているのさ」
「何を?」
男は訝しげな顔をした。
「私に永遠を与えた、あの声をね」
ジイさんはそう答えた。
男には意味が分からなかったようだ。鼻で笑い、首を振りながら立ち去った。
ジイさんは再び橋の中央へ戻った。
彼はひたすら待っていた。
あの声が、再び彼に語りかける日を。
不老不死を与えた真の理由を告げる日を。
あるいは、その「永遠」という贈り物を回収しに来る日を。
彼にとってはどちらでもよかった。
ただ、終わりのない待機の中にいた。
彼は、その橋が最初に架けられた時、彼自身が橋の精霊だったのだということを、とっくに忘却していた。
#ショートショート#毎日投稿#AI#ファンタジー系#夜
コメント