F氏は、亡くなった祖母の家の遺品整理を頼まれていた。
中でも億劫なのは、屋根裏部屋だ。そこは長年、開かずの間同然だった。
梯子を上り、重い蓋を開ける。
途端に、埃と黴の匂いが鼻を突いた。
かすかな月明かりが、室内の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
F氏は懐中電灯で室内を照らした。
古びた家具、使い古された食器、そして幾つものトランクが積み重なっている。
どれも、過去の誰かの生活の痕跡だ。
最初のトランクを開けた。
中には褪せた写真、読みかけの手紙、そして埃を被った子供のおもちゃ。
古い新聞記事の切り抜きが目に留まった。「隣家火災、幼子が行方不明」。
日付は、F氏が生まれるより遙か昔のものだ。
その記事に指が触れた瞬間、屋根裏部屋の空気が一変した。
冷たい風が、どこからともなく吹き抜ける。
F氏は不快感を覚えたが、特段気にも留めず、記事を元の場所に戻した。
だが、耳に届く微かな音が、F氏の意識を引き留めた。
どこか遠くで、子供が笑っているような声。
続いて、すすり泣き。
そして、木が燃えるような、パチパチという音。
それは現実ではないとF氏は理解した。
過去の残響、あるいは幻聴だろう。
しかし、F氏は部屋を出ようとはしなかった。
まるで、古い映画を鑑賞する観客のように、その出来事をただ見つめていた。
幻影が形を結び始める。
幼い子供が、古い木箱の陰に隠れようとする姿。
窓の外が、不自然なほど赤く染まっている。
炎の色だ。
隣家が火災に遭った日。
行方不明になった子供は、隣接するこの屋根裏部屋に逃げ込んだのだろう。
そして、祖母はそれに気づかなかった。
あるいは、気づかなかったふりをしたのだろうか。
F氏の脳裏に、祖母のいつも硬い表情が浮かんだ。
祖母は、一生この屋根裏部屋の秘密を守り通したに違いない。
子供は、火災の猛威からは逃れたが、この閉鎖された空間で、誰にも発見されることなく、命を落としたのだ。
F氏はゆっくりと立ち上がった。
足元の板が、微かに軋む。
その時、視界の隅で、古びたビスケットの包み紙が目に入った。
小さく折りたたまれ、まるで隠すように隅に置かれている。
F氏はそれを拾い上げ、静かにポケットにしまった。
屋根裏の古びた窓から差し込む一筋の月光が、床に奇妙な影を落としている。
それは、まるで小さな子供が、じっと座ってこちらを見つめているような影だった。
F氏はその影をじっと見つめ、「さて、次のトランクを開けるか」と独りごちた。
遺品整理は、まだ続く。
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