夕方、A氏は新居の屋根裏部屋の片付けに取り掛かっていた。
そこは、他の部屋とは異なり、じんわりと温かい空気に満ちていた。
夏の盛りだというのに、妙に落ち着く温度だった。
「これだから中古物件は面白い」
A氏は独りごちた。
古びた段ボールの山を崩していくと、一冊の古い手帳を見つけた。
表紙には「M.K.の日記」とある。
ページをめくると、日付は百年ほど前。
しかし、紙はまだ新しく、インクの匂いさえした。
不思議に思いながら読み進める。
『この屋根裏部屋は、私にとっての安息の地だ。
温かく、何もかもを忘れさせてくれる。
ここでなら、永遠に穏やかに過ごせそうだ』
日記は数ページで終わっていた。
最後の記述は、屋根裏部屋で椅子に座ったまま、安らかな顔で発見されたという。
死因は不明、と添え書きがあった。
A氏は首を傾げた。
こんなものがなぜ、今頃になって出てくるのか。
引っ越しの時にも見覚えはなかった。
心地よい温かさに誘われ、A氏はつい、その場でうたた寝をしてしまった。
どれくらい時間が経っただろうか。
目覚めると、屋根裏部屋の様子が少し変わっていた。
壁紙の色がわずかにくすんでいる。
窓の外の夕陽が、少しだけ傾いているようにも見えた。
A氏は立ち上がり、体を伸ばした。
先ほどまであったはずのM.K.の日記が見当たらない。
代わりに、隣の段ボール箱から、別の日記が出てきた。
表紙には「S.Y.の日記」とある。
日付は五十年ほど前。これもまた、紙が新しい。
『この屋根裏部屋の温かさは、私を包み込む。
外の喧騒が遠のき、ただここにあるだけで満たされる。
永遠にこのままでいたいものだ』
その日記もまた、同様に穏やかな死で結ばれていた。
A氏は背筋に冷たいものを感じた。
しかし、屋根裏部屋の温かさは、その不快感をかき消していく。
A氏は、また別の古い家具を見つけた。
引き出しを開けると、さらに別の日記。
「H.T.の日記」。
日付は二十年ほど前。
同じような内容、同じような結末。
部屋の様子が、さらに微妙に変化しているように感じられた。
天井の木材が、少しだけ古びた色になっている。
窓の外の夕陽は、ほとんど地平線に沈もうとしていた。
A氏は自分の手元に目をやった。
いつの間にか、見慣れない真新しいノートとペンが置かれている。
彼の名はまだ書かれていなかったが、次のページには何も書かれていない新しいページが待っていた。
A氏は、そのノートにそっとペンを走らせ始めた。
「この屋根裏部屋は、なんと温かいのだろう。」
#ショートショート#毎日投稿#AI#星新一風#ホラー系#夕方
コメント