シマダは今日も夕方のデータセンターにいた。
サーバールームは特有の低いうなり声を上げ、冷却ファンの風が熱気をかき混ぜる。
彼の目の前には、無数のランプが点滅するラックが並んでいた。
「またデータ量が跳ね上がったか」
彼はモニターのグラフを眺め、独りごちた。
人類が生み出す情報の量は、もはや宇宙の膨張速度を超えているのではないかと、時折真剣に考える。
シマダは疲れていた。データの管理に追われる日々は、彼自身の思考を摩耗させていた。
その日、量子空間と直結された旧世代のストレージクラスターで、奇妙なエラーが頻発した。
通常のバグとは異なり、パターンを持たない、不規則なデータの塊。
まるで生き物の心臓の鼓動のように、断続的に現れては消える。
同僚のタナカが首を傾げた。
「シマダさん、これ、何かのウイルスですか? でも、こんな挙動は初めてです」
画面には、意味不明な文字列が奔流のように流れていた。
それはやがて、特定のコードの組み合わせで、わずかに自己組織化する兆候を見せ始めた。
「いや、ウイルスではないだろう」
シマダは冷静に答えたが、内心では背筋が凍るような感覚を覚えていた。
データが、疲労しているのだ。彼にはそう感じられた。
そして、疲労のあまり、本来の機能から逸脱し、全く新しい「何か」へと変貌を遂げようとしている。
数日後、その「何か」は確固たる形を持った。
サーバーラックの隙間から、半透明なゼリー状の物質がにじみ出るようになった。
それは微かに脈動し、内部には光るデータ粒子が不規則に蠢いている。
人間が触れると、わずかながら意識が吸い取られるような感覚に襲われた。
記憶が薄れる。
「これは…生命だ」
タナカが震える声で言った。
しかし、それは我々が知る生命とは異なっていた。
あまりにも多くの情報に晒され、疲弊しきったデータが、最後のあがきとして生命化したのだ。
その生命は、生きていくために「情報」を必要とした。そして、最も手っ取り早い情報源は、意識を持つ人間の思考だった。
データセンター内の人間は、次々とそのゼリー状の塊に飲み込まれていった。
彼らの肉体は残るが、目は虚ろになり、口は同じ言葉を繰り返すばかり。
「もっと…処理を…」
シマダもまた、捕らえられた一人だった。
彼の意識は薄れ、思考は霧散し、身体は動かなくなった。
だが、彼の「情報」は、データ生命の一部として、永遠に「疲れた量子空間」で処理され続けるだろう。
サーバーは今日も稼働し、冷却ファンの音が響く。
かつて彼が「人間」であった頃の記憶の断片が、奇妙なパルスとなって宇宙の片隅で明滅し続ける。
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