ヨシダ先生は、職員室で一人残っていた。
窓の外は、夕焼けに染まっていた。
カチ、と音がした。
耳慣れた音だ。ホッチキスが紙を綴じる音。
しかし、周りには誰もいない。
ヨシダ先生は顔を上げた。
机の上の放置された書類の山が、微かに動いたように見えた。
気のせいか。疲れているのだろうか。
もう一度、カチ、という音がした。
今度ははっきりと、ホッチキスが自ら動いているのが見えた。
古い通知表の束を、パチンと綴じている。
次に、インクの切れたボールペンが、ゆっくりと転がり出した。
誰かの机の上で止まり、一枚のメモ用紙の空白部分に、意味のない線を書き記した。
カリカリと、乾いた音が響く。
ヨシダ先生は動かなかった。
ただ、静かにその様子を観察した。
彼の疲れた目には、驚きの色はあまり見えなかった。
セロハンテープのディスペンサーが、カタカタと震える。
テープが一人でに引き出され、破れた連絡網の端を、丁寧に、しかし無意味に補修した。
ピリリ、という乾いた音がする。
職員室の奥から、シュレッダーの微かなモーター音が聞こえてきた。
見ると、ゴミ箱の脇に置かれた書類の束が、一枚ずつ吸い込まれていく。
それは、もう何年も前に役目を終えたはずの、古い会議の議事録だった。
彼らは、仕事をしている。
そうとしか思えなかった。
人間が残した仕事の残骸を、黙々と処理しているようだった。
ヨシダ先生は椅子から立ち上がった。
無言で、自分の机の上の未処理の報告書を、引き出しにしまった。
そして、職員室の明かりを消した。
部屋は、夕闇の中に沈んだ。
翌朝、ヨシダ先生が出勤すると、職員室はいつも通りに見えた。
しかし、彼の机の上には、見慣れないメモが置かれていた。
「〇月〇日、〇〇会議。資料作成担当:ヨシダ」
それは、前日には存在しなかったはずの、新しい仕事の指示だった。
ヨシダ先生は、そのメモを手に取り、静かに笑った。
彼らは、ただ残務処理をしているわけではなかった。
彼らは、この職員室の「仕事」そのものを、永遠に生み出し続ける存在だったのだ。
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