深夜、反物質発電所は静寂に包まれていた。
タナカとサイトウは夜勤の定時巡回を終え、監視室でコーヒーを飲んでいた。
計器盤の数値はすべて正常。
膨大なエネルギーが、常に一定に供給されている。
「相変わらず眠いですね、先輩」
サイトウが大きくあくびをした。
「いつものことだ。ここは時間が止まっているようなもんだ」
タナカはカップを傾けた。
ふと、サイトウが壁の時計を見た。
秒針がぴたりと止まっている。
「あれ? 今、秒針が動いてませんでしたっけ?」
タナカも顔を上げた。
確かに秒針は止まっていた。
しかし、彼らの会話は途切れていない。
時間だけが、何かに捕らえられているかのようだった。
次の巡回でも、すべての時計が止まっていた。
それでも、計器盤の数値は正常を示し続ける。
発電は滞りなく行われている。
まるで、時間が止まることと、発電所の稼働は全く関係ないかのように。
その夜、サイトウは奇妙な夢を見た。
広大な草原で、空に浮かぶ巨大な水晶を眺めている夢だ。
翌朝、タナカにその話をすると、タナカは驚いた顔をした。
「私も全く同じ夢を見た。水晶がゆっくりと脈打っていたな」
二人は顔を見合わせた。
それから毎晩、奇妙な共有体験が始まった。
彼らは同じ夢を見た。
草原、水晶、そして見知らぬ誰かの声。
声は常に同じことを繰り返した。
「エネルギーを…」
発電所の異常はエスカレートしていった。
彼らの意識は次第に混濁し、現実と夢の境が曖昧になった。
計器盤の数値は依然として完璧だ。
しかし、彼らの目には、発電所の壁が草原に見えたり、反物質炉が巨大な水晶に見えたりした。
「先輩、僕、この発電所、もっとずっと前からここにいる気がします」
サイトウがうわ言のように呟いた。
タナカは答えない。
彼の視線は、計器盤の奥、透明な壁の向こうに広がる草原へと向けられていた。
そこで、巨大な水晶が脈打っているのが見えた。
その水晶から、絶え間なくエネルギーが流れ出している。
そして、その水晶が、かすかに呟いた。
「もっと…エネルギーを…」
彼らが電力供給を続けるのは、彼ら自身の夢だった。
彼らは夢を見せられているのではなく、誰かの夢の中で、発電所の歯車として働き続けているだけだったのだ。
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