夜の帳が降りた海岸線を、K氏と助手のアキラは歩いていた。
K氏は古びた望遠鏡を肩に担ぎ、沖合に立つ灯台をじっと見つめていた。
「アキラ、あれを見てみたまえ」
K氏の声には、いつになく興奮が混じっていた。
アキラは顔をしかめた。
「あの不気味な灯台ですか? 地元の人間は誰も近づきませんよ」
その灯台は、何十年も前から消えることなく光を放ち続けているにもかかわらず、地図には載っていなかった。
古い漁師たちは、「光に触れた者は二度と戻らない」と囁いた。
しかし、K氏にとって、それは単なる民間伝承ではなかった。
未解明な現象は、常に彼の探求心を刺激した。
「素晴らしいではないか。まさに、我々が探し求めていた未知の領域だ」
K氏はにやりと笑った。
「今夜、あの灯台の謎を解き明かす」
アキラはため息をついたが、K氏の決意が固いことを知っていた。
二人は灯台へ続く荒れた小道を進んだ。
灯台に近づくにつれ、光は目に痛いほど強さを増した。
普通の光ではなかった。それは、脈打つ生命のように、複雑な色とパターンで輝いていた。
近づくにつれて、体の内側から微かな振動を感じた。
K氏は恐れることなく、灯台の台座に手を伸ばした。
熱いわけではなかったが、奇妙な感覚がK氏の指先から腕へと伝わっていった。
突然、K氏の指先が、まるで水に溶けるように透け始めた。
アキラは息を呑んだ。
「先生!」
K氏の体は、音もなく、光の粒となって周囲に拡散していく。
数秒後、そこにK氏の姿はなかった。
残されたのは、彼の望遠鏡と、光を放ち続ける灯台だけだった。
アキラは呆然と立ち尽くした。
「先生、どこへ……」
彼はあたりを見回した。
地面には、K氏が持っていたメモ帳が落ちていた。
それを拾い上げると、最後のページに乱れた字で書かれた文章があった。
『光は情報を伝える。だが、この光は……』
それから、判読不能な数式が続いている。
アキラは灯台の内部へ足を踏み入れた。
内部には、古びた機械と、無数の配線が絡み合っていた。
壁には、錆びたプレートが嵌め込まれていた。
プレートには、こう刻まれていた。『この灯台は、意識を光へと変換する装置である。外部からの観測者は、内部へと統合される』
アキラの背筋に冷たいものが走った。
彼は窓の外、眼下に広がる漆黒の海を見た。
その時、灯台のレンズが、まばゆい光を放ち、彼の顔を照らした。
アキラは自分の体が、先ほどのK氏のように、透明になり始めていることに気づいた。
だが、彼は驚かなかった。
むしろ、理解したような表情を浮かべた。
彼は、自分がどこにいるのか、ようやく悟ったのだ。
そして、自分が見ていたものが、何だったのかも。
灯台の光は、夜空を力強く照らし続けている。
その光は、遠くから見れば、ただの灯台の光に見えるだろう。
しかし、それは、この場所で、かつて人間だった無数の「意識」の集合体だった。
そして、K氏もアキラも、今では、その光の一部として、永遠に夜空を彷徨い続ける信号となっていた。
彼らが観測していた「不気味な灯台」は、常に彼ら自身が放っていた光だったのだ。
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