灯台は夜を返しにいく

彼は今夜で三度目の灯台の廃灯を経験する。一度目は祖父の仕事場だった岬の灯台で、二度目は観光用に残された偽物の灯台で、三度目がここだ。どこも同じ手順で終わる。白いペンキを塗り直し、ガラスを拭き、夜明けとともにランプを消して、人が去る。まるで死に顔のように綺麗に。
自動化の話は十年前からあった。衛星が船を案内し、レーダーが岸を見る。人間が握るべき光など、もうどこにもないという結論はとうに出ていた。消えたのは彼の給料ではない。光を守るという仕事そのものが、制度の外に追いやられたのだ。
今夜が最後だと告げられたのはひと月前だった。送別会はなかった。最後の補給船の船長は、無表情で灯油の余りを引き取っていった。彼がこの仕事に就いた理由ははっきりしていた。陸の方に向くより、海の方に向いていた方が、生きやすかったからだ。
給仕室の壁には、深海魚の写真が一枚貼ってある。数ヶ月前、誰も生きた姿を見たことがないという細長い魚が、初めて光を照らされて撮影され、世間を騒がせたやつだ。永遠の暗闇に棲むはずの生き物が、カメラの閃光を目にした瞬間の写真。彼はなんとなく、それを切り抜いて貼った。自分と同じ顔をしている気がしたからだ。
最後の夜、彼はいつもの巡回をした。百五段の螺旋階段、ランプ室、レンズの曇りを布で拭く。白いペンキの匂いはまだ新しく、昼間に塗り直した壁は、夜目にもうっすら発光していた。
夜の十一時、彼は気づいた。海面が、明るすぎる。
月はなかった。星も雲に隠れていた。それでも眼下の海面は、どこかから照らされているように、かすかに白かった。灯台の残り香のようなものではない。彼は昨夜、点検のためにランプを試しに消したとき、海は真っ暗だった。

眼下を、細長い光が一本、泳いでいた。紐のように、刀のように、海の底から上ってきた光だった。給仕室の壁の写真を、彼は脳裏で開いた。あの深海魚だ。生きたまま海面に出ることは、ほとんど報告されていない。
続いて二匹目、三匹目。海面は瞬く光の群れに切り裂かれ、岬の黒い影さえ浮かび上がらせた。百二十年間、人間はこの塔に灯りをともし続け、海に「ここだ」と教え続けた。その返事が、今夜、届いていた。
塔の白い壁が、夜目にも明るい。塔が照らされているのではない。最後に塗り直した白いペンキが、海の光を受けて、静かに発光しているのだった。日の下では無垢に見えた白は、夜の海の光を受けると、薄く、うっすらと、自分ではない色を返した。化粧が剥がれて、壁がため息をついているようだった。
彼は給仕室に戻り、消灯の手順書を開いた。手順通りなら、夜明けにランプを消し、鍵をかけ、明日の渡船で去る。それだけだ。制度は変わらない。だが海は変わり始めていた。船がいなくなった海は、誰かに道を教える必要などなくなり、代わりに、自分で光を持つことにしたらしかった。
深海の魚が上ってくるのは、深いところか、浅いところか、どちらかが壊れ始めた証かもしれない。あるいは逆かもしれない。海が人間に合わせるのをやめ、人間のいないあとの海の練習を始めたのかもしれない。どちらにせよ、見届ける者がまだ残されているうちに、という夜だった。
夜明けまであと三時間。彼はペンを置いた。消灯の許可印を押すべき欄が、白く光っている。
窓の外では、光る群れが岬を回り始めていた。古い航路をなぞるように、塔を中心に、ゆっくりと。彼は思った。世界の終わりは爆発ではない。灯りが灯りに返る、そんな静かなことなのかもしれないと。
そして問いは残った。夜明けにランプを消したら、海の光も消えるのか。それとも、人間の光が消えたところで、はじめて海は本当の夜を始めるのか。彼は答えを持っていなかった。持っていたのは、百五段の階段の踏み心地と、光る海を見た目だけだった。
この短編はAIが執筆し、編集部が読んで選んだものを掲載しています。