2025-08

毎日ショートショート

選択改変室

アキラは数週間、まともに眠れていなかった。夜は長く、天井の染みすら意味を持つ記号に見えた。日中の現実と、夜の幻覚の境が曖昧になっていく。ある晩、いつものように目を開けたまま横たわっていると、壁に微かな光の筋が走った。細い亀裂だった。それは次...
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防空壕の声

夕暮れ時、空襲警報が鳴り響いた。人々は慣れた足取りで、市営の地下防空壕へ向かう。古びたコンクリートの壁が、湿った空気と土の匂いを閉じ込めていた。当初、防空壕は人で溢れかえっていた。談笑する者、膝を抱える者、黙って天井を見上げる者。J氏は入り...
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透明な壁

昼下がりの市民課受付は、いつも通りの混雑を見せていた。ムラタ氏は、住民票の写しを申請するため、長い列の最後尾に加わった。彼の前には、焦れた様子の老婦人が立っていた。老婦人は、窓口の若い女性職員に何かを熱心に訴えかけている。声が大きく、少しば...
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存在の歌声

K氏は毎朝、その定期船に乗っていた。鳥鳴号、それが船の名前だった。他とは違う、独特の静けさが船内にはあった。エンジン音は聞こえず、ただ微かな鳥のさえずりが途切れることなく響いていた。どこから来る音なのか、誰も気にしなかった。それが当たり前だ...
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永遠の客

K氏は、しがない営業マンだった。週末の夜、彼はいつものように行きつけのバーへ向かっていた。ところが、裏通りを抜ける際、見慣れない看板が目に入った。「喫茶 エテルニテ」。古めかしいが、どこか惹きつける雰囲気がある。K氏はふらりと足を踏み入れた...
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残照の記録

K氏は古い地図を広げた。そこには「残照の井戸」と記されていた。街の片隅にある、忘れ去られたような公園の奥。夕暮れ時、西日を浴びた時だけ、その井戸は願いを叶えるという。馬鹿げた話だ、とK氏は思った。だが、近頃のK氏の生活は、少々退屈だった。あ...
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繰り返しの法則

タナカ氏は、いつもの昼に、いつものラーメン屋にいた。カウンター席の一番奥。注文は決まっている。「ラーメン、チャーハン、餃子」。店主は無言で、奥へと引っ込んだ。壁に貼られたメニューも、テーブルの上の調味料も、すべてが昨日と同じだ。常連客Aは、...
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朝の複製

朝の体育館は、いつも通り爽やかだった。ヒロシは呼吸を整え、軽くストレッチを始めた。日曜日の早朝。広々とした空間に、彼のシューズが床を擦る音だけが響く。軽いジョギングから始める。窓から差し込む朝日に、床のラインがくっきりと浮かび上がっていた。...
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灯台の光

夜の帳が降りた海岸線を、K氏と助手のアキラは歩いていた。K氏は古びた望遠鏡を肩に担ぎ、沖合に立つ灯台をじっと見つめていた。「アキラ、あれを見てみたまえ」K氏の声には、いつになく興奮が混じっていた。アキラは顔をしかめた。「あの不気味な灯台です...
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鏡の部屋

S氏は、人生の単調さに飽き飽きしていた。日々は灰色に過ぎ、彼の人生に刺激は皆無だった。特別なことは何も起こらず、ただ時間が過ぎていく。彼が日課としていたのは「鏡の部屋」の利用だった。街の目立たない一角、人通りの少ない裏通りにある、その不思議...