夕暮れ時。
実験室「ミレニアム」には、琥珀色の光が差し込んでいた。
無機質な金属と複雑な配線が、最後の輝きを帯びる。
K教授は、静かにモニターを見つめていた。
隣では、助手のAが最終データを保存している。
一日が終わりを告げる、いつもの光景だった。
「異常なし、教授」
Aの声が、静寂な空間に響く。
しかし、K教授は微かに首を横に振った。
「いや、A。これは……」
K教授の視線の先、メインディスプレイに小さな点滅が現れた。
それは、このシステムでは記録されたことのない、未知のエネルギーパターンを示していた。
Aが慌てて数値を確認する。
「冗談でしょう? 収縮率が急上昇しています。ブラックホール……?」
小さな黒い点が、中央の粒子収束装置からゆっくりと顔を覗かせた。
それは、吸い込むような深淵な色をしていた。
実験室の隅にある、古びた金属製の椅子が、音もなく溶けるようにその闇に吸い込まれていった。
光が、一点に集まるように消えていく。
夕日の残滓すら、その深淵に引き込まれていく。
K教授は眼鏡を押し上げた。
「理論は正しかった、A」
その声には、驚きも恐怖もなかった。
ただ、純粋な知的好奇心だけが宿っているようだった。
Aは実験装置のコンソールに手を伸ばした。
「停止させなければ……!」
しかし、その手が闇に触れることはなかった。
コンソール自体が、粒子となって闇に消えていく。
彼らの足元から、床のタイルが、壁のモニターが、実験台の器具が、次々と闇の奥へと吸い込まれていく。
それは、静かで、しかし容赦のない侵食だった。
まるで、存在そのものが最初からなかったかのように、完璧に。
K教授は目を閉じた。
彼の顔に差していた最後の夕日の光が、闇に飲み込まれる瞬間、一瞬だけ、微笑んだように見えた。
Aもまた、抗うことなく、静かにその運命を受け入れた。
漆黒の深淵が、彼らを優しく包み込み、引きずり込んだ。
そして、実験室「ミレニアム」は、完全にその姿を消した。
そこに存在したのは、ただ、完璧な夕闇だけ。
その日、地球上のどこかにある「ミレニアム」実験室が忽然と消滅したと報告された。
しかし、宇宙の遥か彼方、ある惑星の夜空には、突如として二つの新しい星が輝き始めたという。
それは、K教授とAが、自分たちの理論を証明する光景だった。
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