タカハシは毎朝五時に起きるのが日課だった。
軽い体操を終えると、近くの公園まで散歩する。
その日も同じように家を出た。
しかし、公園の一角に、見慣れない濃い霧が立ち込めていた。
早朝の公園に、こんな霧が出ることは珍しい。
霧はまるで白い壁のように、向こう側を完全に遮っていた。
好奇心に駆られて、タカハシは霧の中へ足を踏み入れた。
中はひんやりとして、静寂に包まれていた。
彼は腕時計を見た。
秒針は、確かに動いている。
だが、その動きが、外で見るよりもずっとゆっくりに感じられた。
まるで、彼自身の時間が、引き延ばされているかのようだった。
数分間霧の中に滞在し、外に出た。
腕時計を確認すると、外ではわずか十数秒しか経っていなかった。
タカハシは驚愕した。
この霧は、時間の流れを遅くする異空間なのだろうか。
彼は確信した。
これは、人類にとっての福音だ。
この「時間の貯蔵庫」を利用すれば、集中して研究を進めたり、読書をしたり、あるいは単純に休息を取ったりできる。
無限とも思える時間を、彼は手に入れたのだ。
タカハシはそれから、日々霧の中へ通い始めた。
数時間霧の中で過ごしても、外では数分しか経っていない。
このサイクルを繰り返すことで、彼は若返ったように感じ、仕事の効率も劇的に上がった。
ある日、霧の入り口で、同僚のヤマダと鉢合わせした。
ヤマダは彼を見上げて言った。
「タカハシさん、最近随分と元気になりましたね。
それに、顔つきも変わったように見えますが。」
タカハシは得意げに霧の秘密を語った。
ヤマダは黙って話を聞き、最後に深く頷いた。
「素晴らしい。
私も試してみましょう。」
数週間が経過した。
タカハシは、人生で最も重要なプロジェクトを抱えていた。
徹夜で作業をしても、締め切りに間に合いそうにない。
彼は最後の手段として、丸一日分の時間を霧の中で稼ごうと決意した。
彼は霧の中へ深く入り込み、そこで二十四時間、集中して作業を続けた。
疲労困憊で霧を抜けた。
外は快晴の朝だった。
彼の腕時計は、わずか数分しか進んでいなかった。
成功だ、とタカハシは歓喜した。
しかし、彼の足元には、数十年分の埃をかぶったヤマダの骨が転がっていた。
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