昼下がり、マツムラはいつもの薬局へ向かっていた。
陽射しがアスファルトに柔らかく落ち、どこか退屈な午後の始まりだった。
薬局の看板には、古びた文字で「予定通り薬局」と書かれている。
マツムラは定期的に胃薬を買いに訪れていた。
特別な症状があるわけではないが、なんとなくの習慣だった。
店内には、いつもの店員サトウがいた。
白い制服を着て、表情は常に穏やかで、しかしどこか感情の読めない顔だった。
「こんにちは、マツムラ様。いつもの胃薬ですね」
サトウはマツムラの顔を見るなりそう言った。
マツムラは頷き、処方箋を出した。
サトウは薬を棚から取り出し、包装しながらぽつりと呟いた。
「ええ、来週の火曜には、その胃の痛みもすっかり消えているでしょう。予定通りに」
マツムラは耳を疑ったが、サトウの表情は変わらない。
単なる挨拶か、気の利いた冗談だろうと思った。
その日の夜、マツムラはほんの少し胃の不調を感じていた。
だが、火曜の朝には、本当に胃の不快感は消え去っていた。
偶然だろう、とマツムラは思った。
一週間後、マツムラはまた別の薬を買いに薬局を訪れた。
軽い風邪の初期症状を感じていたからだ。
サトウは同じようにマツムラの顔を見て、薬を用意した。
「今週末のご旅行は、無事に成功しますよ。ええ、荷物も忘れ物なく、予定通りに」
マツムラは驚いた。
友人との温泉旅行を計画していたが、まだ誰にも話していなかったのだ。
「なぜ、それを?」
マツムラは尋ねた。
サトウは微笑むでもなく、淡々と答えた。
「お客様の『予定通り』をサポートするのが、当薬局の役目でございます」
そして、週末。
旅行は完璧だった。
荷物の忘れ物もなく、天気も良く、予定していた全てが滞りなく進んだ。
マツムラは、背筋が寒くなるのを感じた。
偶然ではない。
この薬局が、このサトウという人物が、何かを知っている。
あるいは、何かを操作している。
マツムラは翌週も薬局を訪れた。
今回は何の薬も必要なかったが、サトウに話を聞きたかった。
店に入ると、サトウは奥のカウンターで、古い機械を調整していた。
配線が複雑に絡み合い、小さなモニターには、意味不明な数字やグラフが映し出されている。
「サトウさん。あの、質問が……」
マツムラが声をかけると、サトウは振り返った。
「はい、マツムラ様。いつもの胃薬ですね。ええ、今月中の重要な契約も、滞りなく成立するでしょう。予定通りに」
サトウは、何も聞かず、マツムラの言葉を遮るように告げた。
その言葉は、マツムラの会社の未来を言い当てていた。
重要なプロジェクトの契約締結を控えていたのだ。
マツムラは恐怖にも似た感情を抱いた。
「これは一体……」
「当薬局の薬は、お客様の未来を『予定通り』に導くためのものです」
サトウは無表情に続けた。
「お客様が当薬局で薬を購入された時、その後の『予定』は全て決められます。病気が治る。旅行が成功する。契約が成立する。全ては、ご購入いただいた薬の作用でございます」
マツムラは、目の前のサトウと、薬局の奥で不気味に稼働する機械を見つめた。
そして、自分が今まで何気なく飲んできた薬を思い出した。
胃薬、風邪薬、頭痛薬……。
それらは全て、未来を「固定」するための、一種の呪文だったのか。
マツムラは、ふと薬局の看板に目をやった。
「予定通り薬局」。
その文字が、ぞっとするほど明確に、真実を語っているように見えた。
自分の人生は、自分が選んできたものだと思っていた。
だが、その選択すらも、全てこの薬局によって「予定通り」に進められていたのだ。
マツムラは手に持っていた胃薬の包装を見た。
そこには、小さな文字でこう記されていた。
「未来計画補助薬(非売品)」
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