午前七時。タナカは目覚まし時計のけたたましい音で目を覚ました。
少し寝坊した。珍しいことだ。
慌ただしく朝食をかきこみ、家を出る。
通勤電車はいつも通りの混雑だった。
押し潰されそうな人々の間で、タナカは今日の仕事の段取りを頭の中で繰り返した。
社長のヤマダ氏への報告。部下のサトウへの指示。ルーティンワーク。
会社に着くと、奇妙な静けさに包まれていた。
まだ早すぎたかと思ったが、時計は九時を示している。
オフィスに入ると、何人かの社員が、普段とは違う配置で椅子に座っていた。
顔ぶれはいつものメンバーだが、誰もがどこかぎこちない。
タナカは自分のデスクに向かった。
すると、奥の社長室から、見慣れた顔が現れた。
部下のサトウだった。
彼はネクタイを締め直し、タナカの方へゆっくりと歩いてくる。
「おはようございます、タナカさん」
サトウの声は、普段よりも数段、重みがあった。
まるで、タナカが新入社員であるかのように。
タナカは困惑した。「おはよう、サトウ君。どうしたんだ、社長室から出てくるなんて」
サトウは、ふっと薄く笑った。
「ええ、少し、配置換えがありましてね」
彼はそう言うと、タナカの隣のデスクに座っていた社員に目配せをした。
その社員は、普段は経理部のベテラン、スズキ氏だったが、今は給湯室に向かい、お茶を淹れている。
「タナカさん、今日のあなたの任務は、フロアの清掃と、書類のシュレッダー掛けです」
サトウはそう言い放った。
タナカは耳を疑った。「何を言っているんだ、サトウ君。私は君の上司だぞ」
サトウは首をかしげた。「ええ、昨日はそうでしたね。ですが、今日は違います」
彼は続けた。「今朝、最も早く目覚めた者が、その日の世界の支配者となる。これが、新しいルールです」
「覚醒の順番で、社会のヒエラルキーが毎日再構築されるんですよ」
タナカは、背筋が凍るのを感じた。
ヤマダ社長はどこだと聞くと、サトウは社長室のドアを指差した。
ドアの隙間から、床を拭くヤマダ社長の姿が見えた。
彼は、普段は威厳のある顔を歪ませ、雑巾を絞っていた。
「そして、最も遅く目覚めた者が、最下層の役割を与えられます」
サトウは腕時計をちらりと見た。「残念ながら、今朝はあなたが最下層でしたね、タナカさん」
彼の声には、憐憫のかけらもなかった。
タナカは呆然と立ち尽くした。
昨日の彼なら、今日のサトウのように、威張っていたのかもしれない。
明日こそは、誰よりも早く目覚めてやろう。
そう心に誓い、退社後、彼はアラームを可能な限り早い時間にセットした。
翌朝。目覚ましが鳴る、寸前のことだった。
タナカの指が、まるで意思を持ったかのように、アラーム停止ボタンを押した。
深い眠りに引きずり込まれる、その瞬間まで、彼は気づかなかった。自分より早く目覚めた誰かが、彼を操っていることを。
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