夜の駅。
タナカは最終列車を待っていた。
今日の仕事は特に疲れた。
電光掲示板に、見慣れない表示が点滅する。
「特別列車、増殖号、〇番線より発車」
〇番線は、普段使われることのない、錆びついた線路だった。
やがて、汽笛とともに列車が滑り込んできた。
それは、最新鋭のリニアモーターカーなどではない。
鈍い光沢を放つ、どこか懐かしい形状の旧式車両だった。
鉄の匂いが微かに漂う。
タナカは少し躊躇したが、乗り込んだ。
車内はガラガラだった。
数人の乗客が、まばらに座席に身を沈めている。
皆、疲れた顔をしている。
発車時刻を告げるアナウンスが流れた。
「ご乗車ありがとうございます。これより、人口増殖プロセスを開始します。皆様のご協力に感謝いたします。」
意味のわからないアナウンスだった。
列車が動き出すと、妙な振動が伝わってきた。
ガタガタと揺れる車内。
その時、向かいの席に座っていたサラリーマンが、かすかに光を放った。
そして、彼の隣の空席に、まったく同じ顔の男が、ゆらりと出現したのだ。
まるで、コピー機から紙が出てくるように。
その男は、現れるとすぐに座席に座り、疲れたように目を閉じた。
タナカは目を擦った。
幻かと思ったが、隣の席を見ると、今度は初老の女性が光り、その隣にもう一人、同じ顔の女性が現れた。
驚く間もなく、車内のあちこちで同様の現象が起き始めた。
一人、また一人と、同じ顔の人間が増えていく。
車内はあっという間に満員電車と化した。
皆、同じスーツを着たサラリーマンや、同じ服装の主婦、同じ制服の学生たち。
まるで誰かのクローン工場だ。
タナカは自分の隣に空席がないことを確認し、胸を撫で下ろした。
彼の体は光らなかった。
列車は止まった。
そこは、見たこともない巨大な地下ターミナルだった。
アナウンスが響く。
「終点、生産基地駅。
皆様、本日も一日お疲れ様でした。
それぞれの担当部署へお向かいください。」
扉が開くと、増殖した人々が整然と列車を降りていく。
皆、無表情で、同じ歩調だった。
ホームは、同じ顔の人間で溢れかえっていた。
タナカは最後に列車を降りた。
ふと、彼の目の前に、自分と瓜二つの男が立っていた。
男はタナカを一瞥すると、何の感情も示さずに、増殖した人々の波に消えていった。
そして、タナカの耳には、先ほどの駅員のアナウンスが、今度は別の意味を持って響いていた。
「皆様、本日も一日お疲れ様でした。それぞれの担当部署へお向かいください。」
タナカは、自分のカバンの中に、覚えのない工場IDカードが入っていることに気づいた。
#ショートショート#毎日投稿#AI#日常系#夜
コメント