タカシは溜息をついた。
会社を出ると、いつもより夕日が赤く、空には複雑な色模様が描かれていた。今日一日も、予定通りにはいかないことばかりだった。
ふと、普段通らない路地裏に足を踏み入れた。
古びた木造の建物の壁に、色褪せた看板がかけられている。「影占い」。そんな奇妙な店があることを、タカシは初めて知った。
好奇心に引かれ、錆びたドアノブをひねる。
キィ、と小さな音を立てて開いたドアの先は、薄暗く、それでいてどこか心地よい香りが漂っていた。
奥には、背の高い老婦人が座っていた。彼女の影は、夕日の残光を受けて、床に長く、そして幾重にも複雑な形を描いている。
「いらっしゃい、坊や。影の占い師、マダム・ルーナと申します。」
老婦人は、ゆっくりと顔を上げた。その目は優しく、タカシの心に安心感を広げた。
「占っていただけますか?」
タカシが尋ねると、マダム・ルーナは小さく頷いた。
「水晶玉は使いません。あなたの足元を見てごらんなさい。」
タカシは自分の足元に目を落とした。
そこに伸びる自身の影は、彼の人生そのもののようだった。
「あなたの影は、過去を語っていますね。あの時、あなたが選んだ道の形が、今もこうして残っている。」
マダム・ルーナの指が、影の根元をなぞる。タカシは、確かに自分が後悔した、あるいは誇りに思った出来事を思い出した。
「そして、この部分が現在。少しだけ霞がかかっていますね。何か悩んでいることがあるのでしょう。」
老婦人の言葉は、驚くほど正確だった。
「ほら、見てごらんなさい。この細長く伸びた先が、あなたの未来。」
マダム・ルーナが指し示す影の先端は、夕日の加減で確かに様々な形に変化しているように見えた。
「来週、あなたは小さな幸運を掴むでしょう。そしてその次の影は、あなたが本当に大切な人に出会う日を告げていますよ。」
老婦人は、穏やかな声でタカシの未来を語り続けた。
影の形がまるで絵のように変化し、言葉にならない物語を紡いでいる。タカシは、心が温かくなるのを感じた。未来は、決して暗いものではないらしい。
不安だった心が、ゆっくりと解きほぐされていくようだった。
「ありがとうございました。」
タカシは深く頭を下げ、店を出た。
夕日はさらに傾き、街全体がオレンジ色に染まっていた。
タカシは、清々しい気持ちで通りを歩き始めた。
ふと、自分の足元に伸びる影を見た。
その影は、彼が店を出たはずの「影占い」の窓に向かって、まるで手を伸ばすかのように、長く、長く伸びていた。
そして、窓の内側に映る次の客の影に、そっと触れる仕草を見せた。
まるで、今度は自分が、誰かの運命を語り始めるかのように。
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