認識の陥穽

毎日ショートショート

K氏はA助手を伴い、古びた屋敷の庭に立っていた。

「この古井戸を綺麗にするのが今日の仕事だ」

K氏は指示した。

夕刻が近づくにつれ、西日が庭石に長く影を落としていた。

A助手は滑車を点検し、K氏は道具袋を広げた。

井戸の底には、長年の間に堆積した泥と、正体不明の瓦礫が沈んでいるはずだった。

 

二人は作業に取り掛かった。

錆びついた手回しウインチが軋む音を立て、バケツが井戸の闇へと降りていく。

最初に出てきたのは、腐葉土と石ころだった。

 

やがて、奇妙なものが引っかかってきた。

それは、歪んだ顔をした古い人形の首だった。

K氏は一瞬、眉をひそめた。

「どこかで見たような…」

彼は呟いたが、すぐに首を振った。

「気のせいだろう」

次に上がってきたのは、小さな、しかし異様に重い木箱だった。

開けてみると、中にはK氏が幼い頃に見た悪夢に出てきた、無限に伸びる階段のミニチュアが収まっていた。

K氏の心臓が不規則に跳ねた。

A助手は首を傾げた。

「これは何でしょう? 奇妙なものばかりですね」

 

その後も、井戸からは次々と、K氏の過去の悪夢に登場したアイテムが見つかった。

空中に浮遊する黒い立方体。

喋るカラスの羽根。

そして、終わらない回廊の絵画。

K氏の顔からは血の気が引いていた。

彼は井戸の底を覗き込んだ。

そこは、彼の記憶の深淵と繋がっているようだった。

A助手もまた、奇妙な既視感を訴え始めた。

「私、このカラス、どこかで…」

彼女の声は震えていた。

二人の現実認識は、ゆっくりと、しかし確実に蝕まれていった。

 

翌日、屋敷の中からも悪夢のアイテムが見つかり始めた。

K氏の書斎からは、彼が悪夢で何度も読んだ、意味不明な文章で埋め尽くされた古書が。

A助手の休憩室には、彼女が見たという、無限に増殖するキノコの写真が。

現実と悪夢の境界線は曖昧になり、やがて消え去った。

K氏はA助手を見つめた。

「我々は、いつからここにいるのだろうか」

A助手は答えない。

彼女の目は、遠く、そして虚ろだった。

 

夕暮れ時、再び井戸の前に立つK氏とA助手。

井戸の底から、何かがゆっくりと上がってくる。

それは、彼らが今、見ているこの世界全体を映し出す、小さな球体だった。

そしてその球体の表面に、彼ら自身が描かれているのを見た。

彼らは悪夢の中で、ただ彼ら自身の悪夢を片付けているだけだったのだ。

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