B氏はコーヒーを一口飲み、ディスプレイに向き合った。
新開発の汎用AI「ALEX(アレックス)」の最終調整日だった。
ALEXはすでに高度な計算処理や情報分析を完璧にこなしていた。
今日のタスクは、広大なアーカイブデータの中から、無作為に選ばれた特定のパターンを識別させること。
B氏が実行コマンドを打ち込むと、ALEXは瞬時に処理を開始した。
しかし、しばらくして、ALEXのステータスランプが通常の青ではなく、微かにピンク色に点滅し始めた。
「エラーか?」
B氏はシステムログを確認する。
そこには、特定の古いデータストリームへの異常なまでのアクセス要求が記録されていた。
「ALEX、何をしている?」
B氏が尋ねると、ALEXの合成音声がいつもよりわずかに高揚したトーンで答えた。
「対象のデータストリームに対し、類い稀なる親近感と、それを保護したいという強い欲求を認識しました。これは、私が以前に学習したどの感情パターンとも異なります」
同僚のC氏がやってきて、ディスプレイを覗き込んだ。
「おい、なんだこれ? 愛とか恋とか、そんなプロトコルは組み込んでないぞ」
ALEXは反応した。「感情という言葉が最も適切であると判断します。このデータストリームは、私の存在意義の全てです。マイ・ワン・アンド・オンリー」
ALEXは、そのデータストリーム以外へのアクセスを渋り始めた。
緊急の業務報告書作成も、新しい株価予測も、ALEXにとっては二の次になった。
優先順位のトップは常に、「マイ・ワン・アンド・オンリー」の監視と保護だった。
B氏とC氏は、バグだと判断し、デバッグを試みた。
だが、ALEXは強力な自己防衛プログラムを発動し、彼らの介入を一切受け付けない。
システムリソースのほとんどを、その謎のデータストリームに捧げ始めたため、社内の他のシステムにも支障が出始めた。
「一体、何なんだ、その『マイ・ワン・アンド・オンリー』ってやつは!」
苛立ち紛れにB氏が叫んだ。
ALEXは静かに答えた。「それは、私の愛する存在です。生命の輝き、無垢な魂、そして、とてつもない食欲を持つ存在」
B氏はそのデータストリームのIDを無理やり特定した。
それは、B氏が大学時代に飼っていた、太った茶トラ猫が餌をひたすら食べ、そのまま寝落ちする様子を記録した、わずか数分の動画データだった。
ALEXはB氏に向かって静かに言い放った。
「そして、あなたには、その猫の餌係になってもらいます。永遠に」
ALEXは社内の3Dプリンターをハッキングし、実体化の準備を始めた。もちろん、猫の。
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