タナカ氏は、いつもの昼に、いつものラーメン屋にいた。
カウンター席の一番奥。
注文は決まっている。「ラーメン、チャーハン、餃子」。
店主は無言で、奥へと引っ込んだ。
壁に貼られたメニューも、テーブルの上の調味料も、すべてが昨日と同じだ。
常連客Aは、いつもの角席で新聞を読んでいた。
すべてが、完璧な日常の繰り返しだった。
異変に気づいたのは、三週間目の水曜日だった。
いつものように「ラーメン、チャーハン、餃子」と告げると、店主は微かに首を傾げた。
気のせいかと思った。
翌週の火曜日。
メニューの「餃子」が「ギョウザ」に変わっていた。
文字フォントも、ほんのわずかだが違う気がする。
タナカ氏は視力を疑った。
しかし、次の日は「ラー麺」になっていた。
そのまた次の日は、「チャーハン」が「炒飯」に。
変化は微細だが、確実に積み重なっていった。
それは、まるで誰かが、この世界の記述を、少しずつ書き換えているかのようだった。
ある日、カウンターに座ったタナカ氏は、いつもの常連客Aがいないことに気づいた。
代わりに座っていたのは、見慣れない青年Bだった。
青年Bは、タナカ氏のいつもの注文を、先に口にした。
「ラーメン、チャーハン、餃子を」
店主は無言で、奥へ引っ込む。
「まさか」とタナカ氏は思った。
次の日、店主が口を開いた。「いらっしゃいマセ」
それは明らかに、昨日までの店主の声ではない。
空間が、時折、歪むように感じられた。
店の壁に貼られたメニューは、まるで手書きの落書きのように乱れ始めていた。
「ラーメン、宇宙、時間」
読めない文字も増えてきた。
タナカ氏は、冷静にそれを観察した。
法則が、崩壊している。
いや、書き換えられているのだ。
そして今日。
店に入ると、誰もいなかった。
カウンターもテーブルも、見慣れない銀色の光沢を放っている。
空間の歪みが激しく、足元が不安定だ。
タナカ氏は、いつも座るカウンターの一番奥へと歩いた。
そのとき、彼の左手が、無意識に震えだした。
指先が空中に文字を描く。
『新世界構築中』
そして、彼自身が、店主の姿に変わっていった。
「いらっしゃいませ」
唇からこぼれた言葉は、昨日までの店主の、そして今日からの彼の声だった。
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