声の残響

毎日ショートショート

朝、廃校になった旧校舎の会議室に、市の職員であるタナカ氏とヤマモト氏、そして郷土史家のスズキ氏が集まっていた。

彼らはこの埃っぽい、しかし歴史を感じさせる空間の活用法について協議する予定だった。

 

「やはり、取り壊して公園にするのが一番現実的では?」

タナカ氏が切り出した。

ヤマモト氏はそれに異を唱えた。

「いや、民間に貸し出して、新たなビジネスを誘致する手もあります。」

スズキ氏は壁の染みを眺めながら、うんうんと頷いていた。

 

その時だった。

微かな声が聞こえた。

「…タナカ…」

 

タナカ氏は顔を上げた。

「何か言いましたか、ヤマモトさん?」

ヤマモト氏は首を振った。

「いえ、何も。」

 

しかし、声は再び聞こえた。

今度は少しはっきりしている。

「…ヤマモト…、スズキ…」

 

3人とも、互いの顔を見合わせた。

壁か、床か、それとも天井か。

声は校舎全体から響いているようだった。

 

「…なぜ、あの時、そうしなかった…?」

声は問いかけた。

その問いは、まるで彼らの過去を知っているかのような響きがあった。

 

「気のせいですよ。古い建物ですからね。」

タナカ氏は努めて冷静に言ったが、彼の声は少し震えていた。

 

しかし、声は止まらない。

「タナカ。あの年の広報予算。なぜ増額の提案を見送った? あれがあれば、街はもっと活性化できたはずだ。」

タナカ氏の顔から血の気が引いた。

それは彼が隠していた、個人的な後悔だった。

 

続いて声はヤマモト氏に語りかけた。

「ヤマモト。あの人事。なぜ君は立候補しなかった? 君なら、あのプロジェクトを成功させられたのに。」

ヤマモト氏は椅子に深く沈み込んだ。

 

そしてスズキ氏へ。

「スズキ。君のあの論文。なぜ発表しなかった? 歴史の新たな一面を開示できたのに。」

彼らは互いに顔を見合わせ、恐怖と疑念に震えた。

 

「一体、誰なんだ!」

ヤマモト氏が叫んだ。

 

声は淡々と答えた。

「我々は、君たちが捨てた可能性だ。この校舎に閉じ込められた、無数の選択されなかった未来の可能性。」

 

「…我々は、解放されたい。君たちの手で、あの時の選択を、もう一度、やり直してくれないか?」

声は懇願した。

 

彼らは顔を見合わせた。

自分たちの後悔をやり直せるという誘惑は、抗いがたいものがあった。

 

彼らは声の指示に従い、過去の出来事を会議室で再現し、声の言う通りに別の選択肢を選んでみた。

タナカ氏は広報予算の増額を力強く提案し、ヤマモト氏は昇進の機会に勇敢に手を挙げ、スズキ氏は自信を持って論文を発表する演技をした。

 

彼らが「やり直し」を終えると、声は満足したように静かになった。

そして、完全に消滅した。

 

安堵した彼らが会議室の窓から外を見下ろすと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

古い校舎があった場所には、最新式の設備を備えた真新しい学校が建ち、子供たちの歓声が響いていたのだ。

彼らが「やり直し」たことで、声の主である「可能性」たちは解放され、現実世界に顕現した。

しかし、彼らがいた廃校は、声が完全に消えたことで、ただの空虚な、何の価値もない空間と化したのだった。

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