K氏はデスクに向かっていた。
液晶画面には、今日の業務リストが表示されている。
いつもと変わらない、午後のオフィス風景。
ふと、K氏は引き出しの奥に違和感を覚えた。
古びた絵葉書が、一枚。
そこには、苔むした古い神社の鳥居が描かれていた。
そして、その裏には走り書きで「時間の止まった階」とある。
誰が、いつ入れたものなのか。
K氏には全く覚えがなかった。
今朝の朝食すら、はっきりと憶えられない。
K氏は絵葉書を握りしめ、首を傾げた。
数時間前。
K氏は、会社に向かうバスの中にいた。
彼はポケットの中で、何かに触れた。
見慣れない、硬い紙片。
取り出してみると、それは古びた神社の絵葉書だった。
裏には「時間の止まった階」という走り書き。
彼はそれを不思議に思ったが、すぐに考えを放棄した。
そして、絵葉書を再びポケットに押し込んだ。
彼は自宅から出てきたはずだ。
しかし、朝食の記憶が曖昧だ。
さらに数時間前。
K氏は、古く寂れた神社の境内から出てきた。
彼の服は土埃と枯れ葉にまみれていた。
顔には、蜘蛛の巣が張り付いている。
彼は深い疲労を感じているようだったが、何をしていたのか思い出せない。
ただ、脳裏に不気味な階段の残像が焼き付いている。
K氏は振り返ることなく、足早にその場を去った。
その直前。
K氏は、神社の本殿の裏手にある、小さな小屋の扉を開けていた。
錆びた蝶番が、甲高い音を立てた。
そこには、不自然なほど急な木製の階段が、闇の奥へと続いていた。
K氏はためらいもなく足を踏み入れた。
まるで何かに誘われるように。
階段を降りるにつれて、K氏の意識は曖昧になり、時間の感覚が歪んでいった。
彼は何かを探していたのか、それとも何かを求められていたのか。
もはや、それすらも分からない。
最下層には、簡素な木製の扉があった。
K氏はその扉を開けた。
そこは、時間という概念が存在しないかのような空間だった。
無数の声が響き渡り、過去、現在、未来の全ての言葉が交錯する。
しかし、K氏以外に誰の姿も見えない。
K氏はただそこに立ち尽くしていた。
そして、その日の夜明け前。
K氏は、自宅にいた。
彼はベッドから起き上がり、今日の予定を確認していたはずだ。
だが、K氏は突然立ち上がり、何か強い衝動に駆られたかのように家を出た。
彼の足は、なぜか遠く離れた古びた神社へと向かっていた。
具体的な目的は不明だった。
ただ、そこへ行かなければならない、という漠然とした確信があった。
その神社は、時間の流れから取り残されたかのように、ひっそりと静かに佇んでいた。
苔むした狛犬だけが、K氏をただ見つめていた。
それは、K氏がそこに「存在した」ことを示す、唯一の証拠だった。
しかし、その証拠すら、彼の意識から消え去っていく。
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