アキラは、毎朝、海岸線を散歩するのを日課としていた。
古い灯台は、既に役目を終え、ただ錆びついたオブジェと化している。
かつては暗闇の海を照らしたその光も、今はどこにもない。
ある朝のことだった。
水平線から太陽が昇り始めたその瞬間、灯台のレンズが微かに輝いた。
それは、煤けたガラスの奥から放たれる、信じられないほど澄んだ光だった。
まるで今、生まれたばかりのような「新鮮な」光。
アキラは足を止め、その幻想的な輝きに目を奪われた。
数日後、町は騒然となった。
観光協会のサトウ氏が、新しい発表を行ったのだ。
「この灯台は、最新の技術で修復されました。その光は、見る者の『運命』を映し出すのです!」
町中に噂が広まり、人々は灯台へ押し寄せた。
最初に光を浴びたのは、老漁師のヤマモト氏だった。
彼は眩しい光の中で、自身の漁船が満載の魚を積んで帰港する姿を見たという。
「大漁だ!これからの俺の運命は、豊漁に恵まれる!」
ヤマモト氏は歓喜の声を上げ、仲間たちと抱き合った。
次に、商店街の店主たちが続いた。
八百屋のオカダ氏は、自分の店に客が溢れかえる様子に顔を紅潮させた。
「商売繁盛だ!これで借金も返せる!」
彼らは皆、自分にとって都合の良い「運命」を見て、興奮を隠せない様子だった。
アキラは、人々の熱狂を少し離れた場所から眺めていた。
半信半疑ながらも、彼も灯台の光に誘われるように、一歩足を踏み出した。
レンズから放たれる光が、アキラの全身を包み込む。
彼の視界に現れたのは、奇妙な映像だった。
それは、翌日の穏やかな海面の波の高さ、気温、そして漁港での魚の種類別の水揚げ予測量。
さらに、隣町の観光客の来訪数予測や、今日の夕食のメニューの提案まで。
ごく平凡で、生活に密着したデータばかりだった。
アキラは首を傾げた。これが「運命」なのだろうか?
翌朝。
ヤマモト氏の漁船は空っぽで帰港した。
八百屋のオカダ氏の店は閑散とし、いつも通りの日常だった。
人々は灯台に向かって、詐欺だ、嘘だ、と口々に不満をぶつけた。
「おい、灯台!俺の運命はどうなってんだ!」
「嘘つき!全然当たってないじゃないか!」
しかし、アキラだけは、灯台の光が示した通りだった。
海は穏やかで、気温も快適。
漁港の水揚げは、まさに予測通りの種類と量だった。
夕食も、灯台が提案した通りの献立になった。
彼は気づいた。
灯台は「運命」を映していたのではない。
「新鮮な」光とは、毎朝更新される「高精度な生活情報と予測」のことだったのだ。
人々が勝手にそれを「個人の運命」と解釈し、自分に都合の良い未来を夢見ていただけのこと。
そして、その「予言の灯台」は、今日も黙々と、ただ正確な「予報」を放ち続けている。
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