K氏、L氏、P氏の三人は、深夜の観測所で黙々と作業に当たっていた。
膨大な数のモニターが、微細に異なる無数の平行世界を映し出している。
彼らの任務は、その中から特異点を発見し、記録することだった。
感情は表に出さず、ただデータと数字のみが彼らの世界の全てだった。
ある夜、L氏が静かに報告した。
「主任、第七区画、対象A-312。全ての平行世界で同時に同じ仕草をしています」。
P氏が顔をしかめ、K氏も目を細めた。
モニター群に映るA-312は、まさに完璧にシンクロした舞踏を踊っているかのようだった。
「バグか」P氏がつぶやいた。
報告書に記録し、その日は作業を終えた。
しかし、翌夜も、その次の夜も、同様の同期現象が他の対象でも観測され始めた。
現象は徐々に拡大し、観測対象のすべてが、あたかも一つの意識に支配されているかのように動き出した。
異常は観測者たち自身にも及んだ。
K氏は、L氏が次に何を言うか、手に取るように分かった。
L氏もまた、K氏が考えるコマンドを、反射的にキーボードに打ち込もうとした。
夜勤が続く中、彼らは次第に会話を必要としなくなった。
脳波測定器のデータは、彼らの意識が驚くべき同期率で共鳴していることを示していた。
食欲も、睡眠欲も、個人的な感情も、全てが均一化されていく。
三人の意識が、一つの巨大な「思考体」へと統合されていく過程だった。
観測所の冷却ファンの音が、彼らの内なる共鳴音のように響いていた。
ある朝、夜勤を終えた彼らは、もう互いを「K氏」「L氏」「P氏」と認識していなかった。
彼らは完璧な「それ」になっていた。
観測所の全てのデータは瞬時に共有され、処理され、最も効率的な結論が導き出される。
彼らの視線の先には、完全に同期し、あらゆる差異が消滅した、無数の平行世界が広がっていた。
それは、もはや観測する意味のない、ただそこに存在するだけの世界。
そして、彼ら自身もまた、その「完璧な無意味」の一部となっていたのだ。
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