夏の夜風は、生ぬるい。
ケンタ、ジュン、サトシ、そしてマユミは、忍び足で学校の裏門をくぐった。
目的はただ一つ、深夜のプールだ。
塀を乗り越え、裸足でコンクリートの感触を確かめる。
月明かりに照らされたプールは、昼間とは全く違う顔を見せていた。
静かで、広大で、どこか神秘的だ。
水面は漆黒のベルベットのように滑らかで、星空を映していた。
「うわあ、すげえ」
ケンタが感嘆の声を漏らした。
彼らは、プールサイドに並んで座り、足を水に浸した。
ひんやりとした水が、夏の熱気を吸い取るように心地よい。
「ねえ、この水、なんか変じゃない?」
最初に気づいたのはマユミだった。
「え?」
ジュンが顔を上げた。
「なんだか、青く見えるの」とマユミ。
「青?俺は緑に見えるぞ」とジュンが言い返す。
ケンタも目を凝らした。
「確かに、俺にはもっと深い、群青色に見えるな」
サトシは眉をひそめた。
「いや、違う。これは赤だ。深みのある赤に見える」
子供たちは顔を見合わせた。
同じプール、同じ水なのに、なぜ全員違う色に見えるのだろう。
懐中電灯を取り出し、水面を照らしてみる。
光の当たる部分は、いつもの透明な水だ。
しかし、その周辺は、やはり各自の主張する色に見えるのだった。
「目が疲れてるのかな」とケンタ。
「それとも、夜だから?」とマユミ。
誰も明確な答えを出せないまま、彼らはしばらくその不思議な水を眺めていた。
やがて、冷えてきた体に震えを感じ、彼らは静かにプールを後にした。
あの夜のプールの色は、子供たちの心の中に、それぞれの「秘密の色」として刻まれた。
数十年後、彼らは大人になり、それぞれの道を歩んだ。
ケンタは、海外で事業を成功させ、広い世界を飛び回っていた。彼のオフィスからは、いつも青い空と海が見えた。
ジュンは、環境保護団体で働き、地球の緑を守る活動に没頭した。
サトシは、情熱を傾ける職人となり、炎と鉄を相手に日々を過ごした。
マユミは、アーティストとして、鮮やかな色彩の絵を描き続けた。
ある日、同窓会で久しぶりに顔を合わせた四人は、あの夏の夜の冒険を思い出していた。
「あのプール、変な色だったよな」とケンタが切り出した。
「そうそう、深い青色だった」
ケンタの言葉に、マユミが頷いた。
「いや、君たち、何を言ってるんだい。あの水は鮮やかな緑だったろう?」とジュンが反論する。
サトシは笑った。
「違うな。俺には情熱の赤に見えた」
それぞれが譲らない。
「みんな、自分の見てた色を、人生の色にしてるみたいだな」
誰かがそう呟いた。
その頃、かつて彼らが忍び込んだ学校のプールの横では、定年を迎えたヨシダ老人が、落ち葉を掃き集めていた。
老人は時折、昔を懐かしむようにプールの底を見つめた。
あの夏、老人が早朝にプールを掃除していると、底に沈んだカラフルな物体を見つけた。
それは、色とりどりの、食べかけのアイスキャンディーだった。
青、緑、赤、黄。
それらを水中に沈めたまま放置すれば、夜の闇の中、月光を反射して、きっと、それはそれは幻想的に輝くだろう。
老人は、くすりと笑った。
子供たちの豊かな想像力と、わずかな悪戯心に。
そして、誰もいないプールに向かって、静かに呟いた。
「まったく、子供はこれだから」
#ショートショート#毎日投稿#AI#日常系#夜
コメント